40年前の6月10日ダイヤ改正で、京浜急行は運行を細工するだけでラッシュ時に画期的な輸送力向上をした。
当時のダイヤでは10分サイクル中に品川止特急、浅草線直通特急、急行、普通を運行していた。
急行は川崎で分断され相互接続はなく、浅草線直通急行が出た後に川崎止急行が到着していたが、川崎の引上線が1本の上、更に普通の待避時分延は、その分特急の所要時分延を意味する故に。
そこで最混雑時30分間の急行3本の川崎系統分割を止めて一列車化した。
限界列車密度の中でスピードダウンした特急に続いて澱みなく走る急行に所要時分差なく雁行し、10分当り16輌の京浜間直通優等列車輸送力は22輌となって37.5%も向上した。
5年後品川止特急は12輌の通勤快特となり、更に2年後急行は8輌に、23年前の空港線延長開業迄続いた。
10分当り直通優等輸送力は28輌から20輌に落ちたが、更に4年後に浅草線直通特急も12輌となって4輌分挽回した。
蒲田改良や急行を振替えた普通増発等で大きく運行形態を変えたものの、京浜間直通輸送力はほぼそのまま今に至る。
コメント(2)
わが町神奈川
そういえば、京急の1500型も正面の行先表示器がLEDのデジタル化され始めているようですね。
2016/5/16(月) 午後 5:52
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あづまもぐら
わが町神奈川様
今世紀になってからは横浜を離れて居り、京浜急行の細かい部分を知る術が限られています。
1500形も1521号以降のアルミ車は更新2回を基準として40~50年使う方針とかですから、あと20年前後使わねばなりませんから準消耗部品は最新仕様にしているものと思います。
2016/5/16(月) 午後 6:37
当時のダイヤでは10分サイクル中に品川止特急、浅草線直通特急、急行、普通を運行していた。
急行は川崎で分断され相互接続はなく、浅草線直通急行が出た後に川崎止急行が到着していたが、川崎の引上線が1本の上、更に普通の待避時分延は、その分特急の所要時分延を意味する故に。
そこで最混雑時30分間の急行3本の川崎系統分割を止めて一列車化した。
限界列車密度の中でスピードダウンした特急に続いて澱みなく走る急行に所要時分差なく雁行し、10分当り16輌の京浜間直通優等列車輸送力は22輌となって37.5%も向上した。
5年後品川止特急は12輌の通勤快特となり、更に2年後急行は8輌に、23年前の空港線延長開業迄続いた。
10分当り直通優等輸送力は28輌から20輌に落ちたが、更に4年後に浅草線直通特急も12輌となって4輌分挽回した。
蒲田改良や急行を振替えた普通増発等で大きく運行形態を変えたものの、京浜間直通輸送力はほぼそのまま今に至る。
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わが町神奈川
そういえば、京急の1500型も正面の行先表示器がLEDのデジタル化され始めているようですね。
2016/5/16(月) 午後 5:52
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あづまもぐら
わが町神奈川様
今世紀になってからは横浜を離れて居り、京浜急行の細かい部分を知る術が限られています。
1500形も1521号以降のアルミ車は更新2回を基準として40~50年使う方針とかですから、あと20年前後使わねばなりませんから準消耗部品は最新仕様にしているものと思います。
2016/5/16(月) 午後 6:37