凄い。
ダビデンコが信じられない位、大陸で話題になっている。
去年のジョコがツアーファイナルの優勝者となった時より、記事が多いんじゃないだろうか。
上海優勝の時と比べても、その記事の量は歴然。
今更ながら、ダビデンコがツアー最終戦に優勝したんだなあ・・・・・と実感してる。
思ってもみなかった大陸でのダビデンコの取り上げられ方にビックリだ。
これまでは、実力はあるけど地味な選手っていう記事(大陸の記者は本当に書いてるん)ばかりだったのに~
地味だけど、頑張った人へのご褒美なんだろうか。
苦節7年。
こういうの好きだよね、大陸。
ダビデンコの愛称は、大陸では「労模」。
労働模範の略。
つまり、「模範的労働者」ってやつ。
日本では「職人」って言われてるダビデンコだけど、大陸では「労模」が愛称なん(笑)
記事は、こちら
から山と検索できるんで、よろしければ御覧下さい。
どこかで報道された記事を中国語に訳してあるだけかなって記事もある。
でも、中国人が書いた記事もある。
その方が、断然、ストレート(過ぎる)な表現が多いので読んでて面白い。
余りにも多くの記事で迷ったんで、適当に選んだんがこちら
。
概要は、つぎのとおり。
(抜粋訳だけど、今回は、なるべく直訳に努めたので読みづらいかも。。)
今回、ロンドンのツアーファイナルは、最終的に、一番小さくって、一番年を取っていて、一番人気が無くって、優勝するまでは最も期待されていなかった選手に優勝をもぎ取られた。
参加選手のなかで一番長身で、一番若いデルポトロとの戦いの後、ダビデンコはプロ生活で最も重要な優勝をしたことで、「年齢、身長、スポンサーが付くかどうかとか、ファンやマスコミからの寵愛は、何れも関係ない」ことを証明したのだ。
想像してみて欲しい。
ダビデンコが、グランドスラムで優勝することを。
そんなことをダビデンコが言えただろうか。
私は永遠に叶うはずがないと思っていた。
思ってもみなかった。
先月の上海マスターズで優勝後、本誌の記者がダビデンコに「ツアーで、二人の元トップ4を破ってるのに、どうして今までグランドスラムの決勝に進んでなかったの?」とインタビューした。
すると、ダビデンコは、「それは、自分が世界NO1の選手に勝ったことがないからさ!」と答え、記者達の爆笑を誘ったのだ。
今、フェデラーという大きな山は、ついにダビデンコの胸中から運び去られ、将来、ダビデンコはグラントスラム優勝という夢に突撃出来るのだろうか。
時間は限りがあり、ついに、ダビデンコは来年5月には29歳の誕生日を迎える。
時間の制限・・・・このことはダビデンコのライバル選手の殆どが強烈に感じていることである。
テニスボールを打つのに、ダビデンコはまるで卓球の試合の様に早いリズムで打つのである。
1分毎にあなたは驚くのだ。
最終的には、瞬きする間に、彼はボールを取りようがないコースへ叩き込んでいるのである。
身長198cmのデルポトロは、この試合で前後左右の動きがダビデンコより劣っていた。
しかも、彼のセカンドサーズはロシア人の凶暴な攻撃に遭い、得点率は1セットでは3割にすぎなかったのである。
若い相手選手の前でダビデンコは自分の老練さを明らかに示したのである。
最初のセットはライバルのセカンドサーブにデルポトロのエース級のボールを利用して、デルポトロを不安にさせてブレイクし、第二セットでは4-4にした後、再度、ブレイクポイントを得た。
グランドスラムとマスターズ戦では4巨頭が次々と変わる現代において、ダビデンコは今期決勝はおろか、マスターズでも皆に深い印象を与えた成果を出すことが出来たとはいえない。
面白いことに、彼はこのことが、非典型的名一年において、怪我でオーストラリアオープンを含む2ヶ月余りの期間を失ったことに依るものだということだ。
今年は彼が最も「模範労働者」とならなかった1年である。
ついに彼は2005年から2007年までのツアーでは84から98の試合に出場した数と比べると、彼が今期出場した試合はたった74なのである。
当然、ツアーに参加しなかった状況でも、彼は、依然、このような参加試合数がある。
しかも、ダビデンコは一貫してツアー参加を渇望していることを明らかにしているのだ。
この成功した1年間もダビデンコの考えを否定することになるのだろうか。
続いて二つのツアーでワザと試合数を減らすこともあるのかも知れない。
しかし、有利に重要なツアーでの成功になるのではないのだろうか。
ラウンドロビンの三回戦で、ジョコビッチに負けた後、4連勝したダビデンコは150万米ドルという巨額なツアー報酬を勝ち得た。
しかし、このことは、全てのトップ選手のなかでもスポンサーが一番少ないという事実を変えることはない。
2年前の賭博スキャンダルがあったことで、ダビデンコはやっと人の注目を浴びたのだ。
しかし、注目が少なくとも、ダビデンコは気にしておらず、「皆は、やはり、自分が優勝するとは予想してなかったよね。このことが、本当に良かったんだ。プレッシャーが無かったからね。」
優勝後、ダビデンコは、次のように語っている。
「世界第7位でこの最終戦に優勝したことは、自分でも驚きなんだ。」
1ヵ月後に開催される2010年のツアーでは、ダビデンコは引き続き喜ぶことが出来るのだろうか?
はあ?
何を今更な記事ですね。
つい昨日、ジョコが最終戦を優勝したばかりなのに。
だから、これは2009年12月に書いててUPしなかった記事。
かなり直訳があり、読みづらいトコも多い。
でも、このままupすることとしたい。
ダビデンコ、輝いてたなあ。
uqしてなかったんは中国語の推敲をしてなかったから。
でも、今や翻訳してくれる便利なソフトもあるから、翻訳記事ってホント無意味。
だから、テニス記事も、JAY記事翻訳も以前ほど熱が入らない。
この記事の内容についても、まあ大筋は合ってると期待したい。
ただ、今年、あたしのテニス王子が二人引退したんで…
そう、フェレーロとロディック。
だから、ちょっとupしとこと思ったわけ。
ダビデンコも同世代やから。
それだけ。