I am Sam
ショーン・ペンダコタ・ファニング
ミシェル・ファイファーほか
知的障害のあるサムと、その娘のルーシー親子はしあわせに暮らしていたのだが、サムには養育能力がないとして、ソーシャルワーカーに引き離されてしまう。
サムはルーシーを取り戻すため、弁護士のリタに依頼するが…
この前金曜ロードショーでやってたので録画。
吹替えにちょびっと不安もあった(特にサム)のだけど、折角だから見てみようと思いまして。
てゆーか、とにかく私は映画見て泣くのがもう趣味を通り越して特技で、これも矢張りレンタルビデオの冒頭に入ってるトレイラーで泣いてしまうので、ショーン・ペンの生声で見たりしたら確実に死ぬ。
吹替えでワンクッションあった方が安心して見れるはずだ。
…なんだけども。
あかん…
ルーシーが可愛い過ぎなんですよ。健気過ぎなんですよ、本当に勘弁してください。
7歳なのに私より頭が良さそうだ(かわいそうなわたし…)
だけど、それでもやっぱり7歳の女の子で、それがなんだかもどかしくも愛しい。
ショーン・ペンもものすごい。
若い頃大暴れなショーン・ペンなのに、彼が演じるサムは途轍もなくピュアだった。
知能的にはハンデのあるキャラクターなのだろうけれど、それを補って余りあるものを持っているのがサムだと思う。
ハイチのストリート・チルドレンの少年の言葉に「子供とか、犬とか、誰でもいい。誰かと一緒に、何かを分け合って食事をする。それが“豊か”ってことだと思うんだ」という名言があるのですが、サムもまた、ある面でとても豊かな人だと思う。
綺麗で、キャリアもあって、頭もいいのに、決して幸せとは言えないリタが、その豊かさをちょっとずつ分けてもらって、ちょっとずつ、余裕のようなものを持ち出すのが、とても素敵。
そして、ビートルズのカバー曲たちと、有名なジャケット写真のパロディみたいなシーンも素敵。
歌詞が反映された台詞も大好き。
私は残念ながら切なくなるくらい貧弱な英語力の持ち主で、歌詞カードを見ても、対訳ないと意味分からない程度の低さなのだけど、なんだか優しい歌詞なのですね。
それを引用するのが、サムとルーシーだから、そう思うのかもしれないけれど。
結末を現実と照らし合わせた時、それが成立するのかどうかは分からない。
でも、そんなことはどうでもいいと思う。リアルである必要はないと思う。
少なくともこの、「I am Sam」という優しい世界では、サムやルーシーやリタやランディやアニー(以下略)が、それぞれ幸せ分け合って、幸せに暮らしていけるに決まっているのだ。そうなのだ。
幸せというものは、分け合えば分け合うほど増えるものだと思うから。
いい人間になりたいと、そう思わせてくれる作品。