大天使ミカエル。

 

長女がミカエル祭の日に生まれた。

 

たまたま、前々に天から降りてきた名前は

ウェルシュ語で

「光を持つ者」という意味だったという。

 

 

もちろん彼女の名前は今も変わりなく

ミカエル祭の日に生まれたに相応しい「光を持つもの」

そんなわけで私がミカエル祭を忘れることはない。

毎年、私が教えていた学校では

ミカエル祭があった。

 

大天使ミカエル。

何だか浮世離れしたような話ではあるけど、

 

ミカエルの表すものとは、

四次元時空の話でもある。

 

もしくは、レム二スケートのこと。

 

そもそも、ミカエル祭は北半球では

秋分の頃。昼と夜の長さが同じである「バランス」

 

(こちら南半球なので、ミカエル祭はもうすぐなのでこの記事書いています)

 

 

昼と夜。

陽と陰。

男と女。

精神世界と物質世界。

 

 

大天使ミカエルは、

天秤を手に持つ。

 

今の人間に必要なのは、

このバランスを生きること、

そして生命なきものと、生命あるものとの融合。

物質と生命が一つになるホリスティックな生き方。

 

ということを教えてくれている。

 

まるっとホリスティックに生きるということは、

この三次元の世界を四次元から見れる「目」があるということだと

シュタイナーも言っている。

 

 

それに、

大天使ミカエルがやっつけるドラゴンは、

左から右に流れるリニアの物質的世界観で

盲目的なものでもある。

 

そのドラゴンを光で斬るのだ。

 

ルシファーとアーリマン。

善悪で分けることはできない。

 

ルシファーは闇の存在ではなく、

むしろ光。

(今流行りのスピの闇光とか二極化の話ではない)

 

ミカエルとルシファーは双子。

物質的が優位になった世界観に支配されたルシファー意識を起こしてきて

バランスを取ろうとしているのだと

シンボル的に見ることができる。

 

人間が物質と精神をひとつにする。

というのは、

 

これまた流行りの「具現化」とか「引き寄せ」ではなくて、

エーテル空間を生きること。

 

物質と生命の間の境がない状態を

自分が体験している状態とでも言えばいいのかな。

 

シュタイナーが言う「天使」というのは、

 

人間界、動物界、植物界、鉱物界という

時間の経過と共に存在しているように「見える」ものではなく、

「天使の梯子」という言葉に表れるように

エーテル界のこと。

 

ヒエラルキーなんだよね。

 

それは、時間のない世界。

そう。天使というのは時間の概念を越えた生き方を

人間に思い出させてくれるもののシンボルだと思う。

 

決してフワフワとした

地に足がついていないスピ的な考え方ではない。

 

ミカエルは、レム二スケートの真ん中に立っている。

だから天秤。

 

本来、そのレム二スケートはねじれているわけではないことに

人間が目覚めていくには、

 

人間として生まれた以上、

まず肉体レベルでこのレム二スケートを体験しきらなくてはいけない。

 

人間が生きづらさを感じるのは、

右脳と左脳の交信がうまく出来ていない時でもあり=レム二スケート

消化分泌と循環器の交信がうまく出来ていない時でもある=レム二スケート

 

この交信が上手くいかなければ

宇宙を見る真の目が育っていくことはない。

物質という環境に振舞わされるのだから。

 

 

身体がこのレム二スケートを制覇して初めて

真の宇宙を理解するということを

シュタイナーは知っていた。

 

 

レム二スケートは

 

「かごめかごめ」のなぞなぞでもある。

 

一般の人間にはなかなか解くことができないなぞなぞ。

なぜかって、

見ている所が違うと「かごめかごめ」が教えてくれる。

 

「うしろの正面だあれ?」

 

そう、うしろの正面。

 

 

古代ユダヤ人も、

シュメール人も

みんな分かっていたのだ。

 

 

普通に生きている地球人にはちょっと分かりにくい話かもしれないけど、

分かる人には、「そうそうそうそう」と納得できる話。

 

 

 

 

https://resast.jp/stores/article/20361/60333

 

 

 

誰も教えてくれなかった

本当の人間の進化。

生きづらい人が生きやすくなる。

 

(普段は分かりやすい発達の話が多いです)

 

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