人間は音楽だ。

 

とも言えるし、

 

人間は星だ。

 

とも言える。

 

音楽も星も

同じだから。

 

 

私は「シナスタジア」共感覚というものを

持ったまま、なかなか人間的に発達しなかった。

 

様々な体感が混じり合ってしまうことから

様々な混乱が生じる。

 

わたしは数字を理解しなかった。

数字は全て色でしか見えなかった。

 

人の名前が覚えられなかった。

人は「一小節の音楽」だった。

 

物は名前ではなく、匂いだった。

 

それとは違うけど

 

2歳で「マーク」にハマった。

お店のロゴやシンボル、そして何より「家紋」

お墓の家紋が大好きだった。

 

法事や告別式は大好きな「シンボル」に囲まれ

私にとってはまるでファンタジーの世界。

 

 

 

 

誰も、今世は

他の人の身体に入ったことがないので、

自分が普通なのかどうかなんて分からない。

 

大きくなるにつれ

どうも人とは話しが噛み合わなくなった。

 

見ているものが違う?

 

質問の意図が分からないと

答えようがなかった。

 

 

 

私には人間が一小節の音楽に聞こえた。

ひとつの旋律だった。

 

だけど、本当はもっと複雑な和音があることも知っている。

 

鳴っている音は、小さく鳴らされた音によって際立てられていたり、

耳では聞き取ることができない余韻のような音を認識したりして

音楽になっているということも感じた。

 

音同士のぶつかりによって生じるまるで別の音のようになる音も

またひとつの音楽。

 

 

旋律ではなくて

そこに添えられた音も含めて人間を映すもの。

 

それがシュタイナーの言うエーテルで、

人間の肉体という生命なき鉱物を

生命あるものにしている。

 

そして縦のその流れが

人間に自我「わたしはわたしである」というものにある。

 

音を並べた時にできる模様は

とても数学的で、

とても宇宙的。

 

 

動きを感じることで自然に生まれる模様。

それが音楽でもあり、幾何学でもあり、

そしてその音や模様は、余韻や影となって、

人間の肉体を映し出す。

 

縦にある線そのものがエーテル性のもので

そこにリアルがある。

 

ヴェーディック占星術の

星と星の繋がり「ヨーガ」

 

それは生命力が織りなす

ひとつの小節からもうひとつの小節のつなぎ目のような

 

大事に繋いでいく音楽。

音で終わらない

一つの音楽にしていくための

 

星と星の動き。そして繋がり。

 

ヴェーディック占星術は

エーテルをビジュアル化したものなんだと思う。

 

そしてきっと

音楽に精通した人なら

あの出生図から音楽が作れるのだろうと思う。

 

「普通に生きよう」と努力してきた結果

今は人の音が聞こえないから。

 

でも、色を見ることはできる。

そして星が素晴らしい音楽を想像させてくれることを

助けてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「わたしは誰?」

「何のために生まれてきた?」

根本的な疑問にお答えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も教えてくれなかった

本当の人間の進化。

生きづらい人が生きやすくなる。

 

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