伝言、石川 真生様。


腹立たしい気持ちは、沖縄の人だから内地人だからと隔たりは無いですよ。


私は60歳を目前にしています。
つまり、そのあたりの年代です。
具体的には、終戦後の年代(私の親の年代)から
話を聞き受けた年代です。


戦前は空襲で死んだ人達の遺体、我が母校(兵庫県神戸市の滝川高校)の
周りに集められました。8月の暑い気候なので
遺体は我が母校のグラウンドに埋められました。


終戦後は、そのグラウンド(我が母校)は
毎週、当時神戸に駐屯していたアメリカ人の
レクリエーションの日曜野球の場として使われました。


私が生きている間は絶対に忘れません。
でも、日が過ぎる内に忘れられるんだろうな。


忘却はある意味、先人達に対する
失礼な事であります。


日本国民として、忘れてはならない事。
あります。


日本人は歴史認識が甘いと、外国から批判される事。
あります。批判される我が国民。


せめて自分の生まれ育った所の話ぐらい
世代から世代に伝えよ。


目の前の蝿を追っ払って、
生きてるだけが能ではないと。
思います。


私はあなたの友人でもない。
だが、同じ人として。
申し上げます。
伝えたい。