鈴川悟郎は洞窟の入口まで到着するとリュックサックを降ろし、装備の再確認を始めた。
 携行ライトのスイッチのON、OFFを繰り返して異常が無いか確かめ、予備の電池を入れ替えて電力残量を確認する。家を出る前にも確認したので少々神経質に過ぎるとも思うが、やはり用心に用心を重ねなければならない。悟郎は過去の経験からそう学んでいた。
 以前、洞窟を探検している最中にライトの電池が切れてしまい、悟郎は暗がりの中を手探りで引き返したことがある。予備の電池も持っていたが、間違って使用済みの電池を持ってきてしまい使うことが出来なかった。
 人工の明かりを失った洞窟内は真の暗闇に包まれ、一片の光も届かない。迂闊に動けば隆起した岩にぶつかって怪我をするし、縦穴に落ちる可能性もある。幸いその時は入口からそれほど離れていなかった為どうにか戻ることが出来たが、それ以来悟郎は電池の残量を確かめることを欠かさないようにしている。
(よし・・・・・・大丈夫みたいだな)
 リュックサックを背負い直すと悟郎は洞窟へと歩きだした。
 
 ◆
 
 洞窟の中は湿度が高く、じっとりと纏わりつくような空気が気持ち悪かったが、久しぶりの探検に悟郎の気分は高揚していた。いつもは週に1~2回は洞窟探検に出かけるのだが、最近は高校の部活動が忙しく、洞窟に訪れるのは一ヶ月ぶりだった。

 悟郎が探検を始めることになったきっかけは悟郎の祖父、鈴川総司郎が遺書に残した「洞窟を探せ」の一言だった。探せという言葉以外に説明は何もなかったが、それが何処の洞窟のことか鈴川家の人間にはすぐに見当がついた。
 総司郎は生前、山を幾つか購入しておりそのいずれにも無数の洞窟が存在する。山の周囲には鉄条網を張り巡らし外部の人間は入ることが出来ないようになっている。祖父の言う洞窟とはそれらの山のものと見て間違いないだろう。
 しかし具体的に何を探せばいいのか分からないことが問題だった。
 埋蔵金か何かでもあるというのか。だとしても膨大な数の洞窟の中から当たりを引くのは困難を極めるだろう。また、探せという言葉が指すのは物であるとは限らない。「洞窟を探せ」という言葉どおり洞窟そのものに何か秘密があるのかもしれない。
 総司郎の残した奇妙な遺書に鈴川家の人間は困惑していた。
 何をすればいいかすらよく分からない。
 利益があるかも分からない。
 どれほどの時間がかかるのかも分からない。 
 だが遺書に残してあることを完全に無視するのは気が引ける。
 しかし自分ではやりたくない。
 でもそれを口に出すことは憚られる。
 誰がこの面倒な遺言を引き受けるかを決めるべく親族会議が開かれたのだが、親族たちは言葉を発することもなく互いに目で牽制し合っていた。そこに名乗り出たのが悟郎だった。
 異論を唱える者は特におらず、高校2年生の悟郎なら時間にも余裕があるし適任だ、という事ですぐに悟郎に決定した。
 面倒事をわざわざ引き受けた悟郎を親族達は不思議がっていたが、悟郎自身は面倒だとは思っていなかった。普段は立ち入りを禁じられている山々、そして洞窟に行ってみたいと悟郎は前々から思っていたのだ。むしろ願ったり叶ったりだった。
 それに、「洞窟を探せ」という総司郎の言葉を、悟郎は自分に向けられたものではないかと考えている。
 山に入らせてくれと頼んだこともあったし、総司郎は悟郎が探検好きで好奇心が強いことを知っていた。こんな遺言を書けば悟郎なら食いついてくるだろう事を、祖父は分かっていたはずだ。遺言は自分に向けられた物である、悟郎はそう思えてならなかった。

 ◆

 しばらく進むと少し肌寒くなってきた。まだ残暑厳しい9月なので普通は外に出るだけでも汗ばむほど暑いが、日の当たらない洞窟の奥深くには関係のない話だった。
(でも少し寒すぎる。水脈でもあるのかもしれないな)
 悟郎はリュックサックから薄手のパーカーを取り出し、Tシャツの上から羽織った。
 それにしても。
 この洞窟は何かがおかしい。悟郎はそう思った。
 奥へ進むにつれて岩の起伏が少なくなり、地面が徐々に平らになって来ている。まるで、何かを目指すための道が出来ていくようだった。
 
 だがさらに進むと行き止まりに当たってしまった。悟郎の目前には岩の壁しかなく、特に怪しいものも見受けられない。
 またハズレを引いたか、と思った時、悟郎は何か音がするのに気付いた。
 水の音、だろうか。
 ぽたり、ぽたりと水滴が落ちるような音が聞こえる。何の変哲もない音の筈だが、妙に聴覚を刺激される。
(壁のむこうから聞こえるのか?)
 行き止まりの壁を調べようと一歩足を踏み出した瞬間。

 悟郎は、落ちていた。

 足を踏み出した瞬間、どぼん、と音を立てて悟郎は着水した。さっきまで固い岩の地面があったはずの場所に。
「なっ・・・・・・!」
 真っ暗なので何も見えないが、全身を包む感覚は水のなかに入ったそれだった。
 だが顔まで浸かっているのに息は出来る。そして、落ちている。
 水の中にいる感覚があるにも関わらず、落ちていく感覚を悟郎は感じていた。
 荷物を持っているとはいえ全く浮力を感じないのはおかしい。しかし確かに、落ちている。
 やがて悟郎は気を失った。

 ◆

 意識を取り戻した悟郎の目の前には、奇妙なものを額に付けた女の顔があった。
「あら、目を覚まされたのですね」

・・・・・・次担当、はややに続く。