出張で大阪に行ってきました。たまたま訪問先の会社が大阪万博会場だった千里丘陵の近くと知り、次の用事までのわずかな時間に太陽の塔を見に行きました。最寄の駅は大阪モノレールの万博記念公園駅。列車がしだいに近づくにつれて太陽の塔が見えてきました。これだけでも大満足。
下車して会場に続く中央橋を渡って行くと、昔は近未来的なパビリオンに囲まれお祭り広場の大屋根の中にあった太陽の塔が、今はこんもりとした森の中から頭を突き出してゆったりとたたずんでいます。
 
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公園の入り口である中央口は、たぶん昔私も通ったところです。ここからは、今は大屋根もなく塔全体が正面からよく見えます。42年ぶりの再会です。しばらく眺めていました。いや~、壊されなくて良かったですね。
 
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太陽の塔の後ろのお祭り広場の跡地は、広いオープンスペースになっていて修学旅行の生徒(?)がわいわいと遊んでいました。そこに、大屋根の一部がオブジェとして保存されていました。今や貴重な資料です。
 
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万博当時の建築物で太陽の塔以外で保存されているのは鉄鋼館だけのようです。下のその模型。
 
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この鉄鋼館がEXPO70パビリオンとして大阪万博のいろいろな資料や一部の展示物を復元展示している記念館になっています。下は、このEXPO70パビリオンに展示されている太陽の塔、テーマ館、お祭り広場周辺の模型です。
 
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鉄鋼館には当時前衛音楽などを流していたホールが残っています。ここになんと太陽の塔の中にあった生命の樹の一部が復元展示されていました!
 
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太陽の塔の中に造られた生命の樹では下の方から上にエスカレーターで昇るにつれて、三葉虫から恐竜、哺乳類へという生物の進化を模型で見る事ができました。樹の頂点では人類が未来に向けて両手を突き上げていました。エスカレーターで上がると、まず下の方からは過去の音楽が聞こえてきます。次いで、上の方から未来の音楽が聞こえてきて、ちょうど中間では両方の音楽が混ざって調和して聞こえるというすばらしい演出がされていました。万博のテーマであった「人類の進歩と調和」を具現化したものだと思います。当時私は、この太陽の塔の内部にとても感動しました。これまでの人生でも最大級の衝撃でした。
いや~また見れるとは思っていなかったので感激しました。(続く)
 
世田谷文学館で開催されている「地上最大の手塚治虫」展に行ってきました。
世田谷文学館は、東京都世田谷区に関連する文学資産を保存継承し地域振興にも寄与する目的で設立されたようです。手塚作品を文学としてとらえ展覧会を企画されたとのことです。
 
手塚先生に関する展覧会やイベントは、これまでもいろいろ開催されましたが、開催する目的、主催者、地域などいろいろな切り口があり、いつも新しい発見があります。それにしても、近年、手塚治虫ほど何回もいろいろな形でイベントやマスコミに採り上げられた人はいないのではないでしょうか?私の理解では、みんな手塚作品や手塚先生そのものを好きだというのがその理由だと思っています。企画された人たちは、みなさん自分自身で語りたいのかなと思います。私も、長年手塚グッズのHPをやってきましたが、何らかの形で手塚先生への想いを発信したいからだと思っています。そして、このような企画展があると万障くり合わせていそいそと出かけていきます。
 
さて、今回の展覧会のテーマはイベントが紹介されているHPによると「手塚作品に、読者はどう向きあうのか?」ということのようです。大変難しいテーマですね。答えはないかもしれません。会場で販売されていた展示会の冊子に企画者の意向が示されているかもしれません。私の私見で主なキーワードを拾ってみます。「戦争体験」「未来」「火の鳥」「ブラックジャック」。。。生命のいとなみということになるのでしょうか?手塚作品の大きなテーマです。
 
一方、実際の展示会は、手塚先生ゆかりの品々の展示、原画、アニメなど、通常よくある構成でしたが、各所に興味深いものが展示されていました。
例えば、びっしりとスケジュールが組まれているある月の手塚先生の仕事のスケジュール表。とてもリアリティがありました。
また、展示されていた鉄腕アトムの原稿は、たぶん「電光人間の巻」だったと思いますが、この巻は、石森先生が手伝ったということで有名なので、どこかに石森先生の痕跡があるかもしれないと探しました。
珍しかったのは、1962年に開催された第一回SF大会の音声資料と映像資料。若き日の手塚先生の映像と挨拶を楽しめました。これだけでも来たかいがありました。
 
最後のコーナーで、手塚キャラクター当てクイズみたいなのがあって、年甲斐もなくがんばりました。まだ小さい子供たちが手塚全集を開いて一生懸命キャラクターの名前を調べているのには、とてもうれしかったです。ちょっと名前が怪しいキャラクターがあったのですが、横にいた女の子に教えてもらいました。規模としては、こじんまりとした展覧会でしたが、ニュートラルでいい雰囲気でした。
 
なお。余談ですが、世田谷文学館には小さな喫茶コーナーがありますが、その入口に撮影に使ったゴジラの着ぐるみが展示されていました。世田谷区には、東宝の砧撮影所がある関係かもしれません。ゴジラファンの私には大変興味深かったです。 
遅まきながら
田口雅之「BLACK JACK NEO」(1)(秋田書店)
道家大輔「どろろ梵」(1)(秋田書店)
を読んだ。
 
いずれも手塚先生の原作からインスピレーションを得て新たに描かれたもの。私の定義では「手塚系」作品ということになる。だいぶ前に出版されたものだが、読んでいなかった。購入して読むところまでの意欲がわかなかったのだ。先日、たまたま大手古本店の105円コーナーで見つけ「100円なら読んでみようかな?」と思い買ってみた。いずれも第一巻というところがミソで、第二巻以降は、別の棚で350円で売っている。第一巻で読者の興味に勢いをつけ高めの本を買ってもらおうという店側の戦略のようだ。この本を買ってまで読もうとしなかった私に第一巻だけとはいえ買わせたのだから、確かにこの作戦は部分的に成功していると言えよう。
 
さて内容であるが、ブラックジャックは原作のストーリーに作者のオリジナルがミックスされ、お茶の水博士、ヒゲ親父などおなじみの手塚キャラも多く登場するコラボ的作品なのに対して、どろろは原作の世界の五百年後に百鬼丸が転生したという想定で、どろろが登場したり妖怪と戦うなど同じような世界観は感じられるが、ほとんど新しい作品のように思えた。(もっとも、読んだのは第一巻だけだが。。)
いずれも、とても読み応えがある作品に仕上がっている。手塚作品を読んだ人には懐かしく、知らない人には新鮮に感じられたのではないだろうか?
 
申し訳ないが、どちらの作者もそれまで知らなかった。しかし、とても実力がある方々のように思えた。手塚先生の存在が巨大なので作者には結構プレッシャーではないかと思う。作品が成功するかどうかは、リメイクする作者の技量に依存するであろう。まあ、気にせずに好きなようにやったらいいのではないだろうか。手塚先生の作品は他にもたくさんあるので、ぜひこのような企画が増えることを希望する。
ただし、私が読むのはだいぶ遅くなると思うが。。
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書店の棚で仮面ライダーの文字にひかれこの本をぱらぱら。すると、私が敬愛する石ノ森章太郎先生のお宅に永井豪先生などとお悔やみに行く冒頭のシーンが目がとまり、さらに頁をめくっていくと高校生の頃に石森先生や松本零二先生、久松文雄先生を訪ねた話、熱烈に漫画家を目指した高校時代の事など矢継ぎ早な興味深いエピソードの連発に続きが読みたくて結局購入しました。
 
紹介されている秋田書店の「まんがのかきかた」は私も一生懸命読みました。また、石森先生の「マンガ家入門」はすがや先生に大きな衝撃を及ぼしたそうですが、私にとってもバイブルでした。特に石森先生が漫画家になるまでのエピソードが綴られたコーナーは何度も熟読したものです。マンガ研究会のまねごとをしたのもこの本の影響でした。
 
すがや先生は私より少し上の世代ですが、私が一番マンガにのめりこんだ70年代、80年代のマンガ経験を共有しており、マンガ観も私と近い感じなので、私があの時マンガ家になっていたらこうなっていたかも、などと妄想してしまいました。
 
すがや先生といえば、「ゲームセンターあらし」がすぐ思い浮かびますが、この本を読むと仮面ライダーをはじめとする、いろいろな作品に関わられていたことを知りました。石ノ森先生から、「弟子」と認められた稀有な人だったのですね。その後マンガから作家活動に主軸を移されたとのことですが、ある意味では石ノ森先生のクリエーターとしてのDNAを引き継いだ方なのだと思います。
 
とりあえず、私たちの世代のマンガファンには共感できる本でした。それにしても、このところ回顧物ばかり読んでいる気がします。今も書店にはたくさんのマンガ本が置かれているのですが実際購入して読んでいるのは、昔から読んでいるこち亀、三丁目の夕日くらい。そういえば、藤子不二雄(A)先生の 「愛…しりそめし頃に… 満賀道雄の青春」11巻が出ましたね。これも回顧物です。。。マンガ喫茶にでも行こうかな。。
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トキワ荘に関して語られる時、手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫、鈴木伸一などとともに必ず登場するのが森安なおや先生です。この本は、トキワ荘時代から亡くなられるまでの森安先生の人生を丁寧に描いた伝記です。
 
トキワ荘時代の森安先生のエピソードは多く記録されていますが、中には鈴木先生の本を売って食事に使ってしまったり、借金を残していなくなったりと結構深刻な事もあったようです。字面だけ見ると他のメンバーに結構迷惑をかけているように思われますが、みんな彼を記録から抹殺するようなことはせず、「勝手な奴だけど憎めない人」として許している雰囲気が感じられます。
 
そして、どの先生も森安先生の作品は高く評価されています。同じ漫画家として、良い作品を残すということが一番大事な事であり。その一点に関しては、森安先生は認められていたのだと思います。だからこそ、日頃の行動については困った事もあったけど終生仲間として迎えられていたのだと思います。
 
森安先生が亡くなられた時、そばにたくさんの漫画の原稿があったとのことです。発表する予定もないけど、ずっと漫画を描き続けられた森安先生は、漫画に対してはぶれなく真っ直ぐだったんですね。。。
 
実は、私は森安先生のお名前は存じ上げておりましたが、作品は読んだことありませんでした。私が漫画を読みだした頃、森安先生はすでに創作の主軸を雑誌から貸本の方に移された後だったためです。その頃、貸本は劇画調がブームで、先生の抒情的な作品は目立たなかったということもあったと思います。
 
この本では、私のような人が多いことを予想されてか、森安先生の代表作「赤い自転車」が全頁復刻掲載されています。戦争でお父さんをなくした母と姉弟の三人の一家の物語。弟思いのお姉さん、自転車が欲しくてしょうがない弟、ふたりをやさしく眺めるお母さんの繊細な心模様が、とてもやさしい雰囲気でゆったりと描かれています。なるほど、あの豪傑がこのようなタッチの作品を!と感心しました。昭和31年の作品です。他の先生達のようにその後も継続して作品を発表していけば、どのような作品を残したかな?と残念に思いますが、ぶれない先生のことですから商業誌のペースでは難しかったかもしれません。
 
この本には、少し気になることも書かれています。NHKで放送されたドキュメンタリー番組「わが青春のトキワ荘 ~現代マンガ家立志伝~」での森安先生の事です。この番組、大家になられた先生達と対極的な人物として森安先生にスポットをあてて脚本を構成し、あえて先生が苦労されているシーンを入れたというのです。出版社への持ち込み原稿がNGになったシーンも番組製作者の意向が働いたというのです。(関係者の方々。本当でしょうか!)少し森安先生がかわいそうな感じに扱われていると思っていましたが、これが本当ならひどいと思います。これでは、スケープゴートではありませんか!
 
最初は森安先生をちょっとこまった人だなと思いながらこの本を読んでいましたが、読み進むにつれてなんとも残念な気持ちになってきました。もっと先生の作品を読んどけば良かったなという気持ちと、先生が今も活躍されていたら現在存在しない別な趣の作品が読めたかもしれないという気持ちからです。この伝記を企画し世に出した人達も森安先生の生き方に何かを感じたのだと思います。