私達の世代は学生の頃、用もないのに喫茶店でぐだぐたしてたものだ。それほど飲みなれていない挽きたてのコーヒーを飲んで、あーだこーだと議論のようなものをする。勉強したてのサルトルや資本論についてありったけの知識をひけらかしてあえて難しいことを語ろうとしていた。また、Jazz喫茶やクラシック喫茶で我慢できる限りじっとしていたりした。そういえば、はじめて講義をさぼったのも仲間と喫茶店に行くためだった。

何の役にも立たないようような行為だったが、大学受験を終え、はじめて自由な気分で自分の時間を使うのはとてもわくわくして楽しかった!若く、また学生だけが許される抽象世界に身を委ねるという経験は、その後の人生にとても重要な影響を及ぼすのだと思う。今になってそれがわかる。でも今では取り返しがつかないことなのだ!「ああ!人生!」といったところだ。

ところで、この間大変ひさしぶりに渋谷の老舗クラシック喫茶”L”に行った。Lは相変わらずひっそりと営業しており、いつも席がそこそこ埋まっている。30年前とまったく変わらない風情だ。そこで、店員さんに「ホットコーヒー」と一言、後は、黙ってじっとしている。まったく変わらない。ちなみに店の周囲は大変変わった。ピンク色の洪水である。Lといくつかの老舗(老舗ロック喫茶、老舗カレー屋さんなど。)がなくなったらあの町は終わりだと思う。新宿K町のように荒れ果ててしまうだろう。

Lの店内では、アルフレッド・コルトーのショパンのレコードがかかっていた。1934年版のワルツ集である。コルトーといえば19世紀の終わりから20世紀はじめの大ピアニスト、音楽家である。カザルス、ティボーとカザルストリオを結成し活躍したりもした。とにかく、私がクラシック音楽を聞き始めた時すでに伝説化していた人だ。でも、ひさしぶりに聞いたコルトーのショパンは。大変ミスタッチが多かった。早いパッセージでは指が廻らないように見受けられた。ある意味では、今の子供でも、もう少し完璧に楽譜をなぞる子がいるかもしれない。当時のレコード録音は一発勝負だったのでたまたま調子が悪かったのかもしれないけど。。。

しかしながら、音楽はすばらしい!テンポ、音の強弱、そして決定的なのは雰囲気。とにかく19世紀の大ピアニストがそこにいるのだ!現代の小さくまとまった演奏に聞き飽きた自分にはとても新鮮でエキサイティングなのである。堪能し満足して店を出て幸せな気分で家路についた。

今はまっているマンガ「ピアノの森」のカイの演奏で、作者はそんな感じを表現したかったのかな?と思う。ピアノを弾く人達!好きにやろうね!