ちいさな幸せ。 | ジャスミン茶タイム

ちいさな幸せ。

今日は 2月14日です。

 

この本を 贈りたい相手はいるのですが

それは あまりに重たい話になってしまうので

思ってはいても、贈ることはできません。

 


私の船長さん

『私の船長さん』 M・B・コブスタイン/作  谷川俊太郎/作

 

                        

窓辺の 木のお人形が恋したのは やはり窓辺に置かれた 木でできた船の船長さん。

 

彼女は 船長さんとのことを 考えるだけで 幸せなのだけれど

傍にいなくても 幸せなのです。

 

なぜならば

 

でも私たちには 気にかけ帰りを待つひとがいる
    おだやかな航海を願いながら。

そして るすのあいだに 起こったことはなんでも 

     そのひとが帰ってきたときに 

     話す値打ちのあることなのだ

 

 

 

待たされるのではなく 待つ ということ。

待つという行為には やっぱり 戻ってくるっていう約束が 原則なのでしょうか?

 

私の 「待つ」 には 「戻ってくる」 はありません。

でも、私の 「待つ」 も 皆が思うほど 不幸ではない気がしています。

 

全てが 留守のあいだに起こったこと。

なんでも 話す値打ちのあることに 違いないから。

 

 

大丈夫 と思いつつ その裏側では 不平不満をぶつけたり

では あなたがやってください と言ってみたり

それを やっぱりごめん と謝ってみたり   

デコボコした私の心には 付き合いきれないですよね。

 

解っているのです。 解っているのです。

本当は 木の人形のように 待つことに幸せを感じているのに

どうやら 心と私は うらはらなのです。

だから 待つ とは言いません。

ただ 居る だけなのです。

私の 「居る」 は 「待つ」 ということ。

でも 戻ってこなくていい「待つ」ということなのです。

 

だって ただ 「居る」だけなのですから。