手で話すこと
『わたしたち手で話します』 フランツ=ヨーゼフ・ファイニク/作
フェレーナ・バルハウス/絵 ささき たづこ/訳
リーザは耳の聞こえない女の子。
公園で 耳が聞こえないことを手を使って言いましたが、子供たちには通じません。
「やめろよ。あの子は、何もわからないんだよ」 そんなふうに話しています。
そこへ 耳が聞こえて話せるけれども 手でも話すことのできるトーマスがやってきました。
リーザと同じように耳の聞こえない両親をもつトーマス。
子供たちは トーマスの家に行って、耳の聞こえない人の生活を知ることになります。
耳が不自由でも 楽しいことはこんなにいっぱい!!
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私には 耳の聞こえない友人がいます。彼女は中途障害ですが、彼女のご主人は生まれつき聞こえません。
彼女はいつも口と手で話してくれます。私の口を見ながら、私が聞き取れないときは何度も言ってくれる。
「わぁ、久しぶり~!」私が手を振ると、久しぶりと手話。「久しぶり?どうやるの?」「久しぶり、久しぶり」
「じゃぁね~!、またね!」「・・・・またね、はどうやるの?」「またね、またね、またね」
こうやって挨拶とか 自己紹介とか 会う度に子供と一緒に教えてもらうようになった。
ほんの興味から お花の卒園式前には 子供たちとみんなで「またあえる日まで」(ゆず)を手話で習った。
「この歌を手話でやりたいんだけど、教えて欲しいの」と言う私に 「あ~、手話で唄うのね。」と言った彼女。
私はちょっとショックだった。
私は手話を余興程度にしか思ってないんだなぁ。 彼女は手で話して、手で唄うのに・・・。
3年以上前だけど、まだ覚えていますよ、「またあえる日まで」手話で唄えます。
彼女は葉っぱと同じ年齢の子を頭に、3人の子供のお母さん。すごい。「予定外よ!」と笑う彼女。すごいな。
私は 彼女の子供たちに絵本を読んであげたいと思った。家庭で読む絵本はとても大切だと思ったから。
それで彼女と話していたら、なんと彼女は絵本を読み聞かせていた。トライしていた。
でもその時は やはり幼い子供に彼女の声は聞き取りにくくて 「子供が嫌がっちゃって」・・・、と笑う彼女。
やはり彼女は笑っているんだ。
つい先日もこんなことがあった。 葉っぱと彼女の長男がともに卒園する日。
式が終わり、ちょっとした食事会を始める前に体を動かしましょうと 「椅子とりゲーム」をすることにしていた。
それまで何にも気付かないでいた私は カッと真っ赤になる気がした。あ~、なんで私が気付かなかったの?
彼女は音楽が聞こえない。
半周ほど前にいた彼女に追いついた私は、絶対彼女と一緒に動こうと思った。
音楽がとまった瞬間、彼女の腕を掴んでぐいっと椅子の方へ引っ張ったら・・・私、椅子が取れなかった(笑)
彼女はその次の回でアウトになった。
彼女がみんなと一緒に椅子とりゲームするのが大変だなんて、誰も気付いてなかった。気付いてないはず。
でも、あ~、誰も気付いてなくてよかった・・・と昨日思った(笑)
だって、彼女は何も言わないで、サッと輪の中に入り椅子とりゲームに参加する気満々だったのだから(笑)
嬉しかったこと。 卒園式の前々日、彼女からメールがきた。
「いよいよ明後日ですね。寂しくなるね。卒園式の後にも、メールやりとりを続けてもいいかなぁ?」
私、安心したんです。
子供の絵本のことも、かえって失礼にならないかしら・・・と心配したけれど
人目を気にせず手話を習いたがる私を、彼女は内心どう思ってるのかしら・・・と思わないでもなかったけれど
私、彼女に安心させてもらったんです。
卒園式の日 おめでとう!って言いました、もちろん「手」で。
クラッカーでパーンとはじけるイメージです。両手のひらをそれぞれすぼめて(二つの蕾みたいに)
それをパッと上にむけて開きます。 「おめでとう」 クラッカーでパーン♪です。