モディリアニ
お考え下さってどうもありがとうございます。
皆さんよくご存知ですね。 『モディリアニ』です。
私はそんな感じの学校でしたので知ってもいますが、他のことはわかりません。
皆さんがそうでもないのでしょうに・・・ すごいですね。
このポスターは 渋谷のインチキ臭い店で買いました。
ガラスだったのでいつの間にか割れてしまって 処理に困ってます(笑)
モディリアニは 瞳の色(瞳はないのですが)が美しいです。
見えていないようで 奥の奥まで見えているというか・・・
視線の先に・瞳の中に 思考の全てが現れているような・・・
難しいなぁ。 でも 好きです。
彼がパリにいるころ・・・あのカフェにピカソがいて、ユトリロがいて。
ココシャネル・コクトー・・・・
時空を飛び越えられるなら そのテーブルの二つ向こうに座ってみたい
そんな気分にさせてくれます。
なぜ モディリアニがほしかったのか。
俗っぽいのですが(笑) あるビデオでピカソのアトリエが映ったとき、モディリアニの絵が無造作
に床に置かれていたのです。 私もモディリアニを床置きしているような人になりたい・・・
たったそれだけです。
1884年6月12日 イタリア生まれ。
1898年に美術に触れ始める。幼い頃から病弱であった。本格的に絵をはじめるために1902-1903年にベニスとフローランスで勉強をした後パリに移る。
モンマルトルで絵を描き始めるがアルコール依存、病弱、貧弱などと同時に絵で食べていくのは容易ではなかった。
彼がもっぱら彫刻家になりたかったというのは有名でいくつかの彫刻作品も残している。
1918年には南フランスに静養に行く。このころジャンヌ エビュテルヌと一緒に生活する。彼らの間には娘がいた。静養後パリに戻ったが、アメデオモディリアニの病状が悪化し1920年1月24日に病院で息を引取る。彼の死の翌日、2人めの子どもを身ごもり妊娠9ヶ月であったジャンヌは窓から身を投げた。一人目の彼らの娘は彼(もしくは)彼女の両親に育てられた。
モディリアニとジャンヌはペールラシェーズで安らかに眠っている。
我が家で一番まともな モディリアニ
珍しく鉛筆デッサンの画です。

