朝青龍がやってくる YAH!YAH!YAH! | ジャスミン茶タイム

朝青龍がやってくる YAH!YAH!YAH!

YAH!YAH!YAH!なんていってる場合じゃなくて・・・・・節分です。  

我が家の年間イベントの中でも はずせない計画のひとつです。

 


玉嶹山総願寺 (不動ヶ岡不動尊) 

 

総願寺  

初詣にも参りましたが、 ここ、割と有名なとこらしいです。 徒歩で15分くらい・・・?

 

少々ご説明・・・ (引用)

 

3mの大松明を振りかざした赤鬼が剣を持つ青鬼と金棒の黒鬼を従えて不動堂の前にひしめく善男善女の厄落としをする2月の「鬼追い豆まき」、一切の煩悩を焼き尽くして燃え上がるご神木の上を白装束の行者がお経を唱えながら素足で渡る9月の「紫燈護摩火渡り式」で有名な不動岡不動尊がこの総願寺の行事なのです。
 

ね、鬼追い豆まき     行きますよ~

 

仁和2年(886)の秋、ときのみかど光孝天皇が重い病になられましたが名医も妙薬も効き目なくご重篤となられました。三井寺の開山・智證大師が詔を受け不動明王にご平癒祈願をしたところただちに快癒されました。天皇は効験あらたかとして不動明王像を大師に刻ませ宮中の紫宸殿に安置して歴代帝のご持仏とされました。

 ある夜 不動尊にお仕えする男の夢枕に不動明王が現われ、、不心得な殿上人が明王の宝剣を      我が物にしようと企んでいるとのお告げがありました。その男は夜中ひそかに不動尊を背負い自分の故郷である武州吉見郷に帰り仮のお堂を建てて安置しました。

総願寺 総願寺 総願寺

 

長暦3年(1039)武州に起った大洪水の折不動尊は堂もろとも流出、波間に浮き沈みしながら岡村の川岸に漂着しました。放つ霊光に手出しもできず見守っている村人の前に一人の雲水が現われて、この尊像は弘法大師の甥・智證大師がお造りになった大聖不動と、この漂着地が明王に相応しい霊地であるので安置するようにと告げて立ち去ったそうです。それ以来村人は岡村という地名に不動の二字を加えて不動岡村としました。

 

はい、ここは 不動岡(ふどうか)という地名です。

元和2年(1616)高野山の総願上人がこの地を訪れ「玉嶹山総願寺」を建立して不動明王を祀りました。広い境内には不動堂、本堂、客殿、庫裏が並んでいます。8代将軍・吉宗のころ最盛期を迎え、今も関東三大不動尊のひとつとして人々の信仰を集めています。

                      引用・終
 

毎年力士の方々が来山されますが、今年は 横綱が来られるとか・・・

ん~・・・ 大混雑予想されます。(泣)

さて、私たちは何をしに行くのか ・・・・・ 寒いし かなり危険ですが(笑) 頑張ってきます。