ともだちがほしいの | ジャスミン茶タイム

ともだちがほしいの

ともだちがほしいの  「ともだちがほしいの」 柴田愛子・文 / 長野ひで子・絵

  

以前に記事に書きました 「けんかのきもち」  ・ 「ぜっこう」  と同じ作者です。

この方の本は、読んでいて母としての気持ちの中で、感じることがあふれ出てきてしまいます。

「本・書評・文学」なんてジャンルにいては申し訳ないくらい おそらくこの本の内容のご紹介も

できないでしょう。 この本の内容を 詳しくお知りになりたい方は どうぞこちらを。

私は newsongsさんの記事 で この本を知りましたから。 深く読み下げていらっしゃいます。

 

子供たちが毎日集まる 「あそび島」 の近くに引っ越してきたふうこちゃん。

毎日通うことにきめたのですが・・・。

みんな忙しそうに遊んでいるのに 今日もふうこは ひとりぼっち。

朝から ずっと 本 よんでる。 今日も ふうこは 迷子の気持ち。 仲間はずれにされてる訳じゃない。

 

母はね 1年生の時のお花ちゃんのことを 思い出したよ。

今の学校に転校してきたばかりの2年生の時のお花ちゃんのことを 思い出したよ。

入学して 知ってる子が一人もいない学校。 お友達のだーれもいない学童。 そんな1年生。

お花は よく 本を読んでた。 絵を描いてた。

母はね わかっていたんだよ。 一人でいても大丈夫なことを 無意識に選んでいたんだよね。

しっかり者のお花は どこでも いい子だねと言われる。 親から見ても 手のかからない子。 

学童の館長さんが 「お花ちゃんなら 100人いてもいいのに」 ってよく言ってたよね。

仲間はずれにされてる訳じゃない。 仲間はずれじゃない。 本を読むのが、絵を描くのが好きなんだ。

でも でも でも でも ・・・ それは きっと 迷子の気持ち。 迷子の気持ちだったんだよね。

せっかく慣れたのに 2年生で転校して知らない学校。 お友達のいない学童。

やっぱり 本を読んでたよね。 やっぱり それも 迷子の気持ち。 迷子の気持ち。

 

ふうこのお母さんは 「もうすこしすれば 大丈夫よ」 とか 「本やおもちゃもあるし、いいよね」 とか

色々言うけど  ふうこは 閉じ込められているみたいで 苦しい。

お母さんが 心配していろいろしゃべってる。 

「粘土もあるし 折り紙もあるでしょ。 ひとりで 本を読んでもいいし。 しゃぼん玉もできるし」

でもね 違うの! 違うの、お母さん!!

「お母さん、ふうこは そんなことを したいんじゃないの。 ふうこは ともだちが ほしいの!

 

ケンカをしちゃだめよ。 お友達と仲良くね。 大人の言うこと聞くのよ。 わがまま言わないの!

大人って、お母さんって、すごく自分勝手! 

きっと子供は言いたいんだよね。  お母さんは 子供だったことないの?

ケンカしたっていいの。 わがまま言ってもいいの。 そういう風にして お友達がほしいの。

お利口じゃなくてもいいから 私は お友達が欲しいの。 お花も そう言いたかったの?

 

母は、小学校のとき 6年間で6回転校しました。 

それ以外の子供時代を経験してないので、そのことを特別だと思ったことはない。

お花は それを聞いて ずいぶん安心してたよね。 そして 転校生に 少しだけあこがれて・・・。

安心したのも、憧れたのも本当のことだけど、 とても 心配で すごく 頑張ったんだね。

  

今はね 一人で本を読んでるお花を見ても 母は平気です。 だってお友達がいるから。 

 

 

お花の学童クラブは 帰る時玄関で 送りにきた先生と握手する。 「さようなら」って言いながら。

6年生の男の子も そう。 そういう決まり。 

最初は えーーっ!ちょっと幼稚!? と思った。 (これ 本音)

でもね、ケンカして仏頂面してる男の子も 靴のかかと踏みつけながら 先生に手を差し出してくる。

だって そういう決まりだから (笑)

転校早々は 先生の目をみて「さようなら」できなかったお花が 今では見つめ合って 「さようなら」

自分から相手に手を差し出す行為は 簡単そうで 難しい。

手と手のぬくもりを 感じあうって 忘れてはいけないのに 成長すると共に 薄れていくこと。

そんな積み重ねで 人の心は形成される。

温かさなくしては 心は成長しないのに そういう交わりがないがしろにされる現代。


大きな声で 言ってもいいんだよ。 「ともだちが ほしいの!!」 って。