前の記事の続きですが、高校3年の夏休みから教習所に通いだして二学期の中間テストをパスしてまで欲しかった免許証。
なによりも自動車を運転したくてどうしょうもない頃でした。
練習と免許取得後に乗ってたのは親父のルーチェでした。(実物は濃紺のメタリックでしたが)
マツダにしては、珍しいレシプロのエンジンで走りもよかったし運転しやすかったのを覚えてます。
ツレが借りていって、事故って廃車になるまで丁寧に乗ってましたね。
高校を卒業して東京の専門学校に行くことになり、品川で一人暮らしをすることになりました。
いまでこそ、天王洲なんてなってるけどあの頃は倉庫しかなくて・・・
駐車場は、異常に高かったので持っていかなかったけど、ツレから譲り受けた箱スカを持ってました。
たまに帰ってきてから乗ってたのですが、中古車屋のオヤジサンが「使うならあげる」とR仕様のウイングやグリル、オーバーフェンダーなんかもつけて走ってました。
エンジンに手を入れてなかったんだけど、マフラーが一部腐っていて音がいい感じにうるさくて夜の9時から朝の9時までは、自宅から出てゆくことも帰ってくることも禁止でした。
たまに、東京にも乗ってきてたのですが、よくからまれましたね・・・そりゃこの車で県外ナンバーじゃね・・・
でも、仲良くなって新木場とかにゼロヨンに行ってました。
お台場だって今でこそあんなにぎやかですが、昔はあんなになるとは思いませんでした。
就職する前に、一時新小岩に住んでいたことがあります。
ツレがいたアパートをそのまま引き継ぐことになって、駐車場付きで安かったので。
そのころ買ったのがフェアレディZ 240ZGでした。(道路工事からディスコのホールまでバイトばりばりやってましたね)
めっちゃ早かったんですが、バッテリーがすぐにあがってしまうという癖があり出かける前は、ツレの車によくケーブルを繋いでもらいました。
就職して地元に帰ってくることになり、しばらく乗ってたのですがお金が続かず、結局売ってしまいました。
給料も全部つぎ込んでたんだけど・・・追加部品がかかりますから。(100万購入で130万売却)
職場に通うのに車が必須で、しばらく車屋の息子であるツレのステップバンを借りてました。
そいつ、実家のホンダに勤めるつもりが当時不況で、トヨタに就職することになりこの車で通うことができないということになってしまったので、私としてはラッキーだったけど・・・360CCだからねぇ!
かわいいって評判でしたよ!
エアコンつけれないので夏はうちわでしたけど・・・
夏のボーナスで、初めて買った新車がプレリュードXZでした。
当時は、あまり走ってなかったので注目度も最初は高かったですよ。
足回りが当時としては、非常に良くて良く箱根に登ってました。(力がないので遅かったけど・・・)
XZにこだわったのは、ミッション仕様だったからです。
番外ですが、箱根にはまりだして早い車が欲しくなりトヨタ27レビンを買いました。(みんなで)
DOHCエンジンもボアアップして、足回りも固めてある車でみんなで手を入れて良く走ってました。
自動車屋のツレのガレージが、夜のたまり場でした。
クルマの雑誌ににも載ったことあるんですが、当然違法なので会社にばれない事を祈ってました。
若いこともあって、自分だけは絶対に事故らない・・・死なないと思ってた時代です。
助手席に人を乗せない!(特に彼女なんてもってのほか)
そんなことは、決めてたけど一般車などには迷惑をかけていたのだろうと思います。
後輩も2人ほど事故で亡くなってます。
そんなことしてましたね。。。





