昨日は朝から鶴ヶ島で商談、その後戻って面接、その後青梅で商談、その後八潮で商談、最終日の今日は来店商談で皆、来店対応です。 今月は目標未達です。 達成できなかったときにどうか、達成できなかった事に慣れてしまってはいけません、達成をする癖をつけなければ会社は発展できないからです。 全てのプロセスをもう一度見直す作業と、今後の展開における今やるべき課題を1つ1つ解決していく必要があります。 私自身も同行訪問や商談ができうる物理的限界が近づいていてその間に、徹底的に考え方とスキルを叩き込まなければいけません。分身の様な人間を創るのは不可能かも知れませんが、同じ考え方、仕事の進め方、を何度も何度も伝えなければならないと思うのです。
「経営者思考」 私は常々言っております。自分が経営者であればどうするのか、鷲尾ならどうするかを考えろ?と、今とこれからのメンバーが会社を動かす人間に育たなければならないからこそ、雇われ根性では絶対にムリ。
会社が小さい内は、なかなか優秀な人材は集まり難い、ましてや自動車のメーカーではなくディーラーでは、しかしながら、その時期に入った人間こそ会社が大きくなった時より多くのチャンスがあると思って欲しい。ある同業会社の役員の方が前に、「入って解ったけどこの業界は大した奴はいない。」そうかもしれない。何故なら、自動車が好きで優秀な人材ならディーラーではなくメーカーに行く人間が多いいと思うからである。しかし、成熟しきった会社でできる事と、混沌の中で創りあげていく仕事では、仕事の醍醐味とやりがいは格段に違うのである。
「代償のない報酬はありえない。報酬には代償がつき物である、そして先に代償を払ったものだけが真の報酬を得られる」 これも良く言うことだが、この報酬とは何かを問うとき、単に金や社会的地位の事だけの事では無い。 私が考えるそれは、より大きな仕事であり、職業人としての能力であり、人間としての成長なのである。
人間とは自分の価値観や考え方を変える事がなかなか難しい。 それは殆どの人間が過去の延長線上でしか、過去の体験、経験で価値観や考え方が形成され、またそれでしか判断できないからである。経験はとても大切なことだが時として固執してしまう場合もある。それはその「経験」こそが、根拠であり、尊厳である場合が多いいのである。
仮に仕事を、「目先の時間と目先の金」という軸でしか考えて無かった場合。なるべく勤務が短い仕事、如何に楽な仕事、如何にワリのいい仕事、賃金の高い仕事、そういう価値観なのである。 しかし私に言わせればここには先に報酬しか頭に無いという事と等しい解釈であり、先に報酬ということは必ず人生の後でその代償を支払わされるという事なのだと思う。
ましてや・・・・・我々は目指す志が全く違う。志が違うのだから、迫りくる逆境の大きさも断然違う。それは代償である。その代償である逆境、試練、苦しみ、悩み、不安、弱さ、甘え、を乗越えた先の報酬とは何か?
志の違いは理念、信念、思想も違っくる。そしてそれは思考、戦略、決断、方向性の違いになり、その違いは考え方と思いの違いになる。 考え方の違いが実行力を司る。 思い、情熱、熱意、執念の違いがその実行精度(知恵)を高めていく。
乗越えた先の報酬とは、仕事の才覚と大きな職務への誇りからくる自信、そして知力、胆力、実行力、そして、人間としての器、仲間との真の絆、生きる醍醐味。
人生の報酬には、人生の代償が必要な時期がある。
困難の先にこそ栄光があるのです。