続き


翌朝、tatataを生んだ産婦人科へ行きました。
そこで近所の小児科で前日話したと同じ症状を説明しました。

「ミルクをあまり飲まない」
「泣かないで寝てばかりいる」
「ミルクをよく吐いてしまう」など…


ただこれらは入院中からあった症状なので、医師も知ってるはずではあるのですが…。
オシッコの匂いについては、産科の医師も不思議に感じたようでした。


結局、大きな病院を勧められ、紹介状をもって隣の市にある大学病院へと急ぐことになりました。

この日から数ヶ月、過去に味わったことのない恐怖の連続の始まりでした。
正直、この日の細かいことはあまり覚えていません。


大学病院の小児科で問診、触診をした後に、MRIや採血など、いくつかの検査があったと思います。
一段落したのは夕方でした。

そこでまた医師に言われます。

「血液検査の結果、アンモニアが高めです」


え?
アンモニアってあのアンモニア?

高めだとどうなってしまうの?
高めな理由は?
これからどうなるの?


「でも大丈夫ですよ」

そう言われることを期待していたので、パニックになりかけました。

医師はこう言いました。
「念のため、様子を見たいので今日は入院していってください」

それから、点滴でアンモニアを下げる薬を投与すると説明がありました。


その時の私は、アンモニアが脳や体に強い毒性を持っているなんて想像もしていなくて。
何かしらの理由でtatataの血液中のアンモニアが高まってしまっていても、
それはきっと薬ですぐに治るもので、原因もきっと一過性のもので。
すぐにまた自宅へ帰って元の生活に戻れるんじゃないかと思っていました。

今の医学は完璧で、しかもこんなに大きな大学病院で検査をしてもらえるならば、きっと何とかなるだろう、と。

今思えば、そう信じたいと無意識に思い込むようにしていたのかもしれません。


本当はこの時、tatataは相当に危ない状況でした。呼吸が止まってもおかしくない程の。
ただただ目を閉じて、動かずにいました。

後からその場にいた医師に聞いたのですが、「正直いって“これはもう…”と感じた」とのことでした。


医師が入院の説明の際に「念のため」という言葉を選んでくれたことが冷静にいられた一因だと思います。
この時はまだ“どうしてもじゃないけど一応”というニュアンスを無理やりにでも探して安心しないと、パニックになりそうでした。

つづく