高校時代のほとんどを過ごしたのではないかと思われる、水泳部部室の壁に
『耐力』と書かれた色紙がかけられてありました。
誰が書いたのか?
誰がかけたのか?
いつのものなのか?
誰も知らなかったけど、あの色紙に重要なことは耐えること!!と教わった。
・おっかない・それはもぉーおっかない顧問の先生に『調子どお?』と聞かれたら『最高ですッッ』と大声で答える
・電車組は駅から学校まで1番に到着しなければダメ(体育教官室から先生が見ています)
・どんなにお腹がいっぱいでも先生に勧められたものは喜んで食べる
・エビはしっぽまで食べる(速く泳げるようになるから…)
・朝から泳ぐ場合は親に車でプールまで送ってもらい(始発では間に合わない)、休み時間にごはんを食べ、お昼休憩には筋トレ。授業が終わると走って先生の車に乗り込み、プールへ行って練習
・先生に頑張っていないと言われれば、頑張っていないこと
多感な時期に、こんなに辛いことは人生においてもうないと感じていました(苦笑)
でも、みんな先生に褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて、泳ぎ続けたのです。
☆当時の仲間は宝物で、ゴーグルの中が涙でいっぱいになったことも笑って話せるのです
高校を卒業し看護学校へ進学
10ヶ月間の実習では、ここでもまた私は人生においてこんなに辛いことはないと感じるのです。
・寝ずによく理解できていない看護記録を書く日々
・看護師さんが怖すぎて、朝白衣を着るとお腹が痛くなる日々
・寮に帰って泣きながら「今日はこんなことが辛かった発表会」
・患者さんには励まされてばかり…
☆できの悪い、どうしようもない学生でしたが、みんなに支えられて、晴れて看護師になることができたのです
学生時代から憧れていた、部署に入職が決定
私はここで3度目の【人生においてこんなに…】を感じます
業務内容や病気については勉強よりも先に実践という感じでした。
命に直結する現場でプレッシャーに押しつぶされ、寮では寝ることしかしていなかった。←この生活のことをのちに、N谷先輩と私はT-Life(とるねーどらいふ)と呼びます。
なかなか、病棟の雰囲気にも慣れず、ついに1年間休憩室の冷蔵庫は使用できませんでした。
本当に書きたかったことはここからです!前置きが長すぎてごめんなさい…
それなのに!!それなのに!!
今では職場のみんなのことが大好きで、辞めないでほしいと言ってくれる後輩がいて、お休みや夜勤前なのに勤務最終日に会いに来てくれる先輩がいて、もっと一緒に働きたかったと言ってくれる先輩がいて、(かつて怖かった上司)異動で今は違う部署なのに顔を見せにおいでとTO DOまで飛ばしてくれる上司がいて、思い出メッセージアルバムを作ってくれたり、私のことを考えて選んでくれたプレゼントの数々・お手紙…
これこそプライスレスで、何にも変えられないものだと、嬉しく感じます…。
もうやめてくれー号泣やーー・°・(ノД`)・°・
【とりあえず我慢してやりなさい】とは、なかなか言えない時代ですが、その先にしか得られないものがあるのではないかと思えるのです。
ピンチはチャンスだから!!
たくさんの方々に支えられて、たった5年間でしたが看護師として働くことができました
本当に本当ーーにありがとうございました!!!
奈津美
『耐力』と書かれた色紙がかけられてありました。
誰が書いたのか?
誰がかけたのか?
いつのものなのか?
誰も知らなかったけど、あの色紙に重要なことは耐えること!!と教わった。
・おっかない・それはもぉーおっかない顧問の先生に『調子どお?』と聞かれたら『最高ですッッ』と大声で答える
・電車組は駅から学校まで1番に到着しなければダメ(体育教官室から先生が見ています)
・どんなにお腹がいっぱいでも先生に勧められたものは喜んで食べる
・エビはしっぽまで食べる(速く泳げるようになるから…)
・朝から泳ぐ場合は親に車でプールまで送ってもらい(始発では間に合わない)、休み時間にごはんを食べ、お昼休憩には筋トレ。授業が終わると走って先生の車に乗り込み、プールへ行って練習
・先生に頑張っていないと言われれば、頑張っていないこと
多感な時期に、こんなに辛いことは人生においてもうないと感じていました(苦笑)
でも、みんな先生に褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて、泳ぎ続けたのです。
☆当時の仲間は宝物で、ゴーグルの中が涙でいっぱいになったことも笑って話せるのです
高校を卒業し看護学校へ進学
10ヶ月間の実習では、ここでもまた私は人生においてこんなに辛いことはないと感じるのです。
・寝ずによく理解できていない看護記録を書く日々
・看護師さんが怖すぎて、朝白衣を着るとお腹が痛くなる日々
・寮に帰って泣きながら「今日はこんなことが辛かった発表会」
・患者さんには励まされてばかり…
☆できの悪い、どうしようもない学生でしたが、みんなに支えられて、晴れて看護師になることができたのです
学生時代から憧れていた、部署に入職が決定
私はここで3度目の【人生においてこんなに…】を感じます
業務内容や病気については勉強よりも先に実践という感じでした。
命に直結する現場でプレッシャーに押しつぶされ、寮では寝ることしかしていなかった。←この生活のことをのちに、N谷先輩と私はT-Life(とるねーどらいふ)と呼びます。
なかなか、病棟の雰囲気にも慣れず、ついに1年間休憩室の冷蔵庫は使用できませんでした。
本当に書きたかったことはここからです!前置きが長すぎてごめんなさい…
それなのに!!それなのに!!
今では職場のみんなのことが大好きで、辞めないでほしいと言ってくれる後輩がいて、お休みや夜勤前なのに勤務最終日に会いに来てくれる先輩がいて、もっと一緒に働きたかったと言ってくれる先輩がいて、(かつて怖かった上司)異動で今は違う部署なのに顔を見せにおいでとTO DOまで飛ばしてくれる上司がいて、思い出メッセージアルバムを作ってくれたり、私のことを考えて選んでくれたプレゼントの数々・お手紙…
これこそプライスレスで、何にも変えられないものだと、嬉しく感じます…。
もうやめてくれー号泣やーー・°・(ノД`)・°・
【とりあえず我慢してやりなさい】とは、なかなか言えない時代ですが、その先にしか得られないものがあるのではないかと思えるのです。
ピンチはチャンスだから!!
たくさんの方々に支えられて、たった5年間でしたが看護師として働くことができました
本当に本当ーーにありがとうございました!!!
奈津美