よしっっ!!
もう、気持ちがふらふらしないように…
もう、迷ったりしないように…
親友の華ちゃんが明日っからネット開通するっていうし…
決意表明!!
私、奈津美はオーストラリアへ2年間ワーキングホリデーに行ってきます!!!
言っちゃった。まだ、ほとんど誰にもお話していないので、ビックリな方も多いはず。
親友の麻奈美ちゃんのあとを追っかけているようで、そうじゃないような。。
まねっこしていないようで、まねっこしているような…影響を受けていることに違いはありません。
しかしながら、私の海外への憧れは中学生の頃から始まりました。
深夜にTVでやっていた『ビバリーヒルズ青春白書』を観て、やったらドキドキして夢中でした。
同じ英語好きの同級生ゆっぴーと英語しばりのお手紙交換をし、海外ペンパルへairmailを送るのが趣味でした。
英語の教科書の本文をかなりのオリジナルな日本語に訳して翻訳家気分でした。
当時夢中になっていたHarry Potterを訳すことはできませんでした。
そして、やってきた初めての海外行きへのチャンス!☆
中学校で配られた【Australiaでのホームステイ体験】のお知らせ。母子家庭の我が家の、火の車の家計事情は知っていましたが、どうしても行きたい!!と人生最大のワガママだと訴えました。(←のちに、何度も人生最大のワガママは出現します)
幸いにも、以前より母は私の海外への憧れに関してずっと共感してくれていましたので、どうにかこうにか初めてAustraliaへ行くことになったのです。
内容は…はっきり言って、全く自分の気持ちは伝えられず、かなり悔しい想いをしました。
しかし、Host Familyはスーパー優しく、私が少しでも会話に混ざれるように、英語が喋れなくても意思の疎通ができるようにと、いろーんな工夫をして関わってくれました。強い意志で行ったわりには、ダメダメな結果になってしまったのですが、決してネガティブな思い出ではなく、今度行くときは違う・成長した自分で行きたいと思える旅になりました。
そしてやってきた、中学3年生:三者面談。
内心、外国語コースのある私立の高校に憧れていました。ただ、英語が好き・海外で生活したいということだけで、どんな仕事がしたいという目標はありませんでした。
ずいぶん前から看護師になりたいとも思っていました…正確には、看護師以外で自分にやれそうな仕事は思いつかなかった…というのが本当のような気がします。「看護師になれるんだからすごいじゃん!」と思う人も多いかと思いますが、私が思うに看護学校の長期間の臨床実習さえじっと耐え!耐え!耐え抜けば、国家試験は緊張しますが毎年90~95%以上の合格率です。こんな私でもなれてしまうものなのです。
話はそれましたが、先生も母も口をそろえて「英語は看護師さんになってからでもできるよ」と言いました。
どんな仕事がやりたいかも分かっていないのに、ただ英語を勉強するためだけに高校を選択するのは現実的ではないと感じました。
高校卒業後、実家を離れ大学病院付属の看護学校へ進学。
学校の条件は…①病院付属であること
②寮があること
③学費が安いこと
④受験に生物と小論文がないこと
でした。
3年後晴れて、看護師になります。
暗黒の1年目を経て(←思い出すだけで涙がこぼれるので書きません)、2年目:笑えるようになりました。
3年目:課題があり、同期が倒れたりと、穏やかではなかったですが、仕事に慣れやっと要領を得てきたような感じ(遅い)
4年目:初心に戻れなくなってきました。患者さんへのケアよりも、自分が早く帰ることばかり考えるようになりました。サボったり、手を抜いているわけではないのに、認めてもらえないことに苛立ちを感じるようになりました。私のなりたかった看護師ではなくなってきていると感じ、退職を考えました。
退職願を提出する3日前頃、お世話になった先輩に伝えました。
まだ、一緒に頑張りたいと言ってくれる先輩の言葉が嬉しすぎて、部長さんのところへ行くことが出来ませんでした。
5年目:毎日リセットしていますが、黒い気持ちは居座っています。大規模な院内の編成がありました。人間関係は以前と比べて数百倍やりやすくなったと思えます。しかし、半分のスタッフが入れ替わり、業務的にかなりやりにくい環境になりました。とってもうんざりと思っています。
WHへは『逃げ』なのか。
うん、私の場合『逃げ』だろう。
よく考えます
【もし自分が85歳になったとき、26歳の女子を見かけたとき、「もし自分が今26歳だったらこんなこともやりたいし、あんなこともやるのに」って思いたくない】と。
26歳の自分だからやれることを、今!!正直に。
今ある安定したお仕事・収入・車…一旦全部手放して、夢に逃げ出します!
ながーくお付き合いしてもらっちゃいました、すみません。。
色んな意見があると思いますが、私の今の気持ちでした。
これからはWHまでの準備、Australiaでの生活をメインに、自分用の記録・家族や大切な方々とのつながりとして残していきたいと考えています。
ずぼら人間ですが、なるべくまめに更新していこう♪
あ、タイトルに深い意味はありません、私好みなだけ(笑)
奈津美
もう、気持ちがふらふらしないように…
もう、迷ったりしないように…
親友の華ちゃんが明日っからネット開通するっていうし…
決意表明!!
私、奈津美はオーストラリアへ2年間ワーキングホリデーに行ってきます!!!
言っちゃった。まだ、ほとんど誰にもお話していないので、ビックリな方も多いはず。
親友の麻奈美ちゃんのあとを追っかけているようで、そうじゃないような。。
まねっこしていないようで、まねっこしているような…影響を受けていることに違いはありません。
しかしながら、私の海外への憧れは中学生の頃から始まりました。
深夜にTVでやっていた『ビバリーヒルズ青春白書』を観て、やったらドキドキして夢中でした。
同じ英語好きの同級生ゆっぴーと英語しばりのお手紙交換をし、海外ペンパルへairmailを送るのが趣味でした。
英語の教科書の本文をかなりのオリジナルな日本語に訳して翻訳家気分でした。
当時夢中になっていたHarry Potterを訳すことはできませんでした。
そして、やってきた初めての海外行きへのチャンス!☆
中学校で配られた【Australiaでのホームステイ体験】のお知らせ。母子家庭の我が家の、火の車の家計事情は知っていましたが、どうしても行きたい!!と人生最大のワガママだと訴えました。(←のちに、何度も人生最大のワガママは出現します)
幸いにも、以前より母は私の海外への憧れに関してずっと共感してくれていましたので、どうにかこうにか初めてAustraliaへ行くことになったのです。
内容は…はっきり言って、全く自分の気持ちは伝えられず、かなり悔しい想いをしました。
しかし、Host Familyはスーパー優しく、私が少しでも会話に混ざれるように、英語が喋れなくても意思の疎通ができるようにと、いろーんな工夫をして関わってくれました。強い意志で行ったわりには、ダメダメな結果になってしまったのですが、決してネガティブな思い出ではなく、今度行くときは違う・成長した自分で行きたいと思える旅になりました。
そしてやってきた、中学3年生:三者面談。
内心、外国語コースのある私立の高校に憧れていました。ただ、英語が好き・海外で生活したいということだけで、どんな仕事がしたいという目標はありませんでした。
ずいぶん前から看護師になりたいとも思っていました…正確には、看護師以外で自分にやれそうな仕事は思いつかなかった…というのが本当のような気がします。「看護師になれるんだからすごいじゃん!」と思う人も多いかと思いますが、私が思うに看護学校の長期間の臨床実習さえじっと耐え!耐え!耐え抜けば、国家試験は緊張しますが毎年90~95%以上の合格率です。こんな私でもなれてしまうものなのです。
話はそれましたが、先生も母も口をそろえて「英語は看護師さんになってからでもできるよ」と言いました。
どんな仕事がやりたいかも分かっていないのに、ただ英語を勉強するためだけに高校を選択するのは現実的ではないと感じました。
高校卒業後、実家を離れ大学病院付属の看護学校へ進学。
学校の条件は…①病院付属であること
②寮があること
③学費が安いこと
④受験に生物と小論文がないこと
でした。
3年後晴れて、看護師になります。
暗黒の1年目を経て(←思い出すだけで涙がこぼれるので書きません)、2年目:笑えるようになりました。
3年目:課題があり、同期が倒れたりと、穏やかではなかったですが、仕事に慣れやっと要領を得てきたような感じ(遅い)
4年目:初心に戻れなくなってきました。患者さんへのケアよりも、自分が早く帰ることばかり考えるようになりました。サボったり、手を抜いているわけではないのに、認めてもらえないことに苛立ちを感じるようになりました。私のなりたかった看護師ではなくなってきていると感じ、退職を考えました。
退職願を提出する3日前頃、お世話になった先輩に伝えました。
まだ、一緒に頑張りたいと言ってくれる先輩の言葉が嬉しすぎて、部長さんのところへ行くことが出来ませんでした。
5年目:毎日リセットしていますが、黒い気持ちは居座っています。大規模な院内の編成がありました。人間関係は以前と比べて数百倍やりやすくなったと思えます。しかし、半分のスタッフが入れ替わり、業務的にかなりやりにくい環境になりました。とってもうんざりと思っています。
WHへは『逃げ』なのか。
うん、私の場合『逃げ』だろう。
よく考えます
【もし自分が85歳になったとき、26歳の女子を見かけたとき、「もし自分が今26歳だったらこんなこともやりたいし、あんなこともやるのに」って思いたくない】と。
26歳の自分だからやれることを、今!!正直に。
今ある安定したお仕事・収入・車…一旦全部手放して、夢に逃げ出します!
ながーくお付き合いしてもらっちゃいました、すみません。。
色んな意見があると思いますが、私の今の気持ちでした。
これからはWHまでの準備、Australiaでの生活をメインに、自分用の記録・家族や大切な方々とのつながりとして残していきたいと考えています。
ずぼら人間ですが、なるべくまめに更新していこう♪
あ、タイトルに深い意味はありません、私好みなだけ(笑)
奈津美