悲しい別れをした犬たち②【ラッキー】 | マリリンの独り言

マリリンの独り言

ほんの些細な日常の出来事や、面白エピソード、我が家の動物達の話、ハンドメイド作品の話などを気ままに綴ります。

時々毒吐き。
クズ男やモラ男の話、人間関係についても書いています。

夫婦間だけの呼び名は
『プニ』『プニちゃん』


どうしようもなく犬が好きだった。

小学生の時に
『一生懸命』にかけて
『一生犬命』のオリジナルステッカーを作ったほど、一生涯犬が命だと思っていた。


しかし昔から犬が飼えるような住居に住んでいなかったので、保護犬の世話をして里親探しをしたり、よその犬との交流を深めたりして来た。





電車で3駅の街に姉が住んでいて、中学生の私は週末になると自転車に乗って遊びに行った。

姉の家に行く前に、必ず立ち寄っていたのはペットショップ。

私は1人で何時間でも動物を眺めていたのだ。

店の中には子犬が沢山いたが、私が気に入っていたのは、外に置かれた檻の中に入れられた売れ残りのシェットランドシープドッグだった。




そのシェルティー以外にも数匹の犬が檻の中にいて、みんなウロウロと歩き回っている。

しゃがんで長居している私には見向きもせずに、シェルティーも檻の中を行ったり来たりしていた。

それでも私はその子が好きで、土日ともなれば通い詰め、檻の前にしゃがんで撫でたりしていた。

店のお爺さんが
「あんたは絶対に犬を飼わなイカン」
と口癖のように言う。

店の人達とも仲良くなり、檻の前で長居する私にコーヒーまで出してくれるようになっていた。



シェルティーは1歳半のオスで、売れ残り成長した後もショップに置かれていた。

将来は、この子を買い取りたい!


私は高校と大学へ進学するために、バイトをしてお金を貯めていたが、一時的に預かる犬ではなくて自分だけの愛犬を飼いたいと強く願っていた。

中学生になってからは、現実的に犬を飼うことを考え始めていたのだ。

飼育に掛かる費用も表に書き出し、机に貼り付けていた。

もっと頑張って、シェルティーを買い取れるだけのお金を貯めよう!

そう真剣に考えていた。





ペットショップに通い始めて、どれくらい経った頃だろう。

いつものように私が檻に近付くと、シェルティーは行ったり来たりをするのではなく、私に向かって尻尾を振りながら舌を出している。

『会いたかったよ!遊ぼう!』

そう言っているかのように、前足を交互にクイックイッと動かし手招きをして私にアピールした。

店のお爺さんに、
「あんたが来て喜んでるんやな」
と言われて嬉しかった。


何かオヤツを与える訳ではない。
ただ長時間しゃがんで側にいるだけ·····

それでもやっと心が通じたのだ。


その体を撫でながら、私はそっと自分の手の中に唾液を出して、シェルティーの前に差し出してみた。

最後の確認だった。


シェルティーは私の手をペロリと舐めた。

やはり私の愛情に応えてくれている。

長かったような、短かったような·····
様々な気持ちが思い起こされる。

しかしこれからは、通じ合った心で交流が出来るんだ!


愛しくて愛しくて、いつもに増してシェルティーを檻越しに強く抱き締めた。

相思相愛になれた幸せを1人噛み締めていた。





しかし別れは突然やって来る。


1人の男性が犬を買いにやって来た。
店の人との会話は私にも聞こえて来る。

どうやらその人は、番犬を探しているようだ。

ちょうど店内にいたドーベルマンの子犬などを見せてもらっている。

男性は「う~ん·····」と考え込んでいた。


ちょうどその時に、夕刊を配りに新聞配達の人が来た。


シェルティーが
激しく吠えた。


それが決め手となったのだ。


男性の興味が完全にシェルティーに向けられている。


「この犬は?売り物?」


私は胸がドキドキして、額には汗が滲んで来たのが分かった。

シェルティーを抱き寄せる手に力が入る。

店のお爺さんが私に気遣い、少し焦ったように
「こっちの紀州犬なんかも番犬としていいですよ」
と他の犬を勧めてくれた。


しかし男性は、すっかりシェルティーが気に入ったようだった。

直ぐにでも番犬として活躍してくれるのだから。

子犬だと育てるまでの月日が必要だし、成長するまで番犬としての向き不向きも分からないことを考えても、シェルティーは実技試験に合格したようなものだと言える。

そうして男性は、シェルティーを買うことを決意したのだった。


お爺さんは悲しそうな表情で私の顔を見た後、何も言わずにシェルティーを檻から出した。


その後、購入手続きに入る。

シェルティーの血統書に記載されている名前は『ラッキー』だった。


皮肉にも私は
その日、初めて名前を知った。


ラッキーを購入した男性は奈良に住む人だった。
ここからだと遠くて、街で偶然会えるなんてことは期待出来ない。


番犬を欲しいと考えていたのだろうけど、急いでいるのか衝動的に決めた感じだったし、ちゃんと家族として愛してもらえるのだろうかと心配だった。


ラッキーは外に出されて、購入手続きをしている間、街路樹にリードで繋がれていた。

普段ずっと檻の中にいるので、外の世界に気を取られている。

私が近付き話し掛けても、ラッキーはこちらを見ることをしない。

道路を走る車を目で追っているだけ·····


私は悲しくなった。


初めて心が通じ合ったと
確信した日が
今生の別れの日になるなんて·····



「元気でな·····可愛がってもらいや」


私は最後にラッキーを抱き締めた。


私達を隔てる檻が
無くなったはずなのに

何か別のものが隔たり
見えない壁となって
心は離れてしまった。



ラッキーは、男性が乗って来ていたバンに乗せられショップを去った。

その車が見えなくなるまで、私は瞬きするのさえ惜しいくらいに見つめ続けた。


その後、私は人目も気にせず、泣きながら自転車を走らせて家に帰った。

我慢しても声が漏れる。

胸が張り裂けそうなほど苦しかった。



そして、それ以来
週末にペットショップへ
通うことをやめたのは
言うまでもない。


枯れない花は無いけれど
咲かない花は沢山ある。

私とラッキーとの間には
信頼が芽吹いて
ほんのり彩る蕾が膨らんだが

それが
開花することは
なかったのだ。

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