どこに分類していいのかわからんかったから専門学校の話。




専門学校では、自己決定ということを強調されてます。それは、支援する側が決めるわけではなく、本人の選択や意思を尊重することが大切なんだよみたいなことです。簡単に言うとね。




知り合いが高齢者の施設で働いてるのですが、そこに新しく女性の方が入所されたんです。その人は孤独死寸前で民生委員のファインプレーで救われて、そこの施設に入ったらしいです。知り合いの言葉を借りると、ミイラみたいな感じだったらしい。ものすごい衝撃だったみたい。こんな風に人間はなるのかと。




その人が、最近言うのは「なんで助けたんだ」「なんで死なせてくれないんだ」みたいなことを毎日毎日言うらしいです。




その人にとってはようやく死ねる時が来たみたいな感じだったらしい。それを助けられてしまった。上では民生委員のファインプレーとか書きましたが、本人からすればファインプレーでもなんでもない、ただの迷惑、お節介だったんだと思う。助かってよかったねってのは俺の価値観。その人の意思ではないのです。



その人は本当に死にたがっていたならば、助けるのはこっちの価値観の押し付け。押し付けの支援になるわけです。それはどうなんだろう。自己決定を重視する最近の流れからは外れるわけです。



これはきっと専門家としての価値や、倫理綱領みたいなところに沿って判断するんだろうなぁと思いますが、思いますが、割り切れないんだろうなぁ。



例えば俺の仲のいい知り合いが本当に人生を終わらせたいと心から願っていると言ったら、俺はどうするのだろう。止めるのだろうか、止めない、止められないのだろうか。たぶん最初は止めるんだろう。そこで、俺の意思は無視してお前の勝手な価値観を押し付けるのかと言われたら俺はどうするんだろう。専門家としてではなく、自分の価値観だけで判断する場合はどうするんだろう。




なんてことを少し考えたりしてました。難しいよね。どういう道を取ったとしても俺は後悔とか罪悪感を感じ続けてる気がします。




たまにはこういうことを考えるのも有意義なのかね。