突然ですが、私は、いわゆる団塊JRの世代です。
中学生のときは
、ジュリアナというディスコがあることをテレビで知り
高校生のときは
、女子大生ブーム(※個人的には関係ないけど)
たしか、ニュース番組で、内定をもらった人が
ハワイ旅行に招待されているのが放送されていました。
大学生のときは、女子高生ブーム(※個人的には関係ないけど)
3年生のころ、山一證券が倒産・・
就職氷河期へ突入。
超ネガティブな感じの冒頭ですが、そういう世代です。
今年の学生も大変のようですが、元祖氷河期世代としては
当時を思い出すと、僕の2つ上の世代辺りから
就職が難しくなり、同期でも就職浪人する人がいたくらいです。
(ちなみに、就職浪人した友達も数年前晴れて弁護士に
なりました。)
そのなかで、私は相当早めに内定をもらっていました。
自慢をしたいわけではなく、あまり周りが受けていなかった
業界を選んだからです。
入社した会社は、デロイトトーマツコンサルティングという
会社です。
当時は、監査法人トーマツ関連のコンサルティング会社と
いう位置づけで、主に企業へのBPRやそれに伴うシステム
設計や構築を行っていました。
そもそも、なんでこのような会社に入ったかというと、
まず、2個上のサークルの先輩に、
当時のアンダーセンコンサルティング
lにいった方がいて、その存在を知りました。
冒頭のように、氷河期だったので、商社や銀行などは
あまり、採用を積極的に取っていなかったと思います。
(商社なんか、不要論なんかが言われていたりしましたね。
みごとに、外れていますが・・)
そもそも私自身理系なので、周りではメーカーに行く人
も多くいましたが、研究職などは向いていません。
そんな中、当時は若かったというか、仕事をすることによって
不況の世の中を変えられる職はないか?と思い、
この業界を選んだと記憶しています。
ただ、入社した会社は、
”デトロイトトーマスコンサルティング”なんていわれていたり
するくらい、社会の知名度なんかもなく。
親には、入社当時、というか、そのあと長い間、NECみたいな会社に
行けばいいのにと、いわれていました。
たまたま、サークルの同期がプライスウォータハウスコンサルタント
に入っていましたがほかには、この業界に入っている
人はいませんでした。
そのため、親戚各所、友達などに自分の仕事を
説明するのがめんどくさいこと・・
それが、だんだん変わっていきます。
デロイトをやめ、KPMGコンサルティングに転職した際に、立食パーティ
があったのですが、なんだか見たことのある女の子に出会いました。
大学時代の友人でした。
留学したといううわさを聞いていたのですが、こんな場所で再開すると
はといった感じです。
その後は、高校時代の同窓会があり、1人の同窓生と話したところ
『俺は、アクセンチュア』なんだよと。
だんだんと、業界の人が増えてきました。
その後、ベリングポイントをやめた後、その会社の友人と飲んでいた際
ひょんなことで、名前が書いてあるリストを見ました。
その中で見覚えのある名前が。
その友人にその人の特徴をきいてみると、その人に近そうです。
そのため、その友人に電話してもらったところ、ビンゴでした。
高校1年のときの同級生でした。
そんな彼と、ベリングの同期と
昨日、ららぽーとのベルオーブで飲みました。
それぞれ、違ったルートでの知り合いなので
変な感じです。
しかも、1人は豊洲に1人は東雲に住んでいるし。。
まあ、縁なのでしょう。
今では、このような業界に入ったことに関して
良かったなーと思っています
そもそも、僕がこの業界に入るきっかけになった先輩の言葉は
『今度、アンダーセンというパン屋に就職することになりました』
それはアンデルセンだろ!というネタがあるくらい、
あまり知られていなかったのです
中学生のときは
、ジュリアナというディスコがあることをテレビで知り
高校生のときは
、女子大生ブーム(※個人的には関係ないけど)
たしか、ニュース番組で、内定をもらった人が
ハワイ旅行に招待されているのが放送されていました。
大学生のときは、女子高生ブーム(※個人的には関係ないけど)
3年生のころ、山一證券が倒産・・
就職氷河期へ突入。
超ネガティブな感じの冒頭ですが、そういう世代です。
今年の学生も大変のようですが、元祖氷河期世代としては
当時を思い出すと、僕の2つ上の世代辺りから
就職が難しくなり、同期でも就職浪人する人がいたくらいです。
(ちなみに、就職浪人した友達も数年前晴れて弁護士に
なりました。)
そのなかで、私は相当早めに内定をもらっていました。
自慢をしたいわけではなく、あまり周りが受けていなかった
業界を選んだからです。
入社した会社は、デロイトトーマツコンサルティングという
会社です。
当時は、監査法人トーマツ関連のコンサルティング会社と
いう位置づけで、主に企業へのBPRやそれに伴うシステム
設計や構築を行っていました。
そもそも、なんでこのような会社に入ったかというと、
まず、2個上のサークルの先輩に、
当時のアンダーセンコンサルティング
lにいった方がいて、その存在を知りました。
冒頭のように、氷河期だったので、商社や銀行などは
あまり、採用を積極的に取っていなかったと思います。
(商社なんか、不要論なんかが言われていたりしましたね。
みごとに、外れていますが・・)
そもそも私自身理系なので、周りではメーカーに行く人
も多くいましたが、研究職などは向いていません。
そんな中、当時は若かったというか、仕事をすることによって
不況の世の中を変えられる職はないか?と思い、
この業界を選んだと記憶しています。
ただ、入社した会社は、
”デトロイトトーマスコンサルティング”なんていわれていたり
するくらい、社会の知名度なんかもなく。
親には、入社当時、というか、そのあと長い間、NECみたいな会社に
行けばいいのにと、いわれていました。
たまたま、サークルの同期がプライスウォータハウスコンサルタント
に入っていましたがほかには、この業界に入っている
人はいませんでした。
そのため、親戚各所、友達などに自分の仕事を
説明するのがめんどくさいこと・・
それが、だんだん変わっていきます。
デロイトをやめ、KPMGコンサルティングに転職した際に、立食パーティ
があったのですが、なんだか見たことのある女の子に出会いました。
大学時代の友人でした。
留学したといううわさを聞いていたのですが、こんな場所で再開すると
はといった感じです。
その後は、高校時代の同窓会があり、1人の同窓生と話したところ
『俺は、アクセンチュア』なんだよと。
だんだんと、業界の人が増えてきました。
その後、ベリングポイントをやめた後、その会社の友人と飲んでいた際
ひょんなことで、名前が書いてあるリストを見ました。
その中で見覚えのある名前が。
その友人にその人の特徴をきいてみると、その人に近そうです。
そのため、その友人に電話してもらったところ、ビンゴでした。
高校1年のときの同級生でした。
そんな彼と、ベリングの同期と
昨日、ららぽーとのベルオーブで飲みました。
それぞれ、違ったルートでの知り合いなので
変な感じです。
しかも、1人は豊洲に1人は東雲に住んでいるし。。
まあ、縁なのでしょう。
今では、このような業界に入ったことに関して
良かったなーと思っています
そもそも、僕がこの業界に入るきっかけになった先輩の言葉は
『今度、アンダーセンというパン屋に就職することになりました』
それはアンデルセンだろ!というネタがあるくらい、
あまり知られていなかったのです