昨日は、有限会社を作るまでを書きましたが
今日は、NPOをつくったキッカケに関して書こうと思います。
もう3年前になるのですが、住んでいる江東区にて”未来会議参加者募集”という案内がありました。
未来会議とは、区の計画の基となる、国で言うと憲法に相当する『基本構想』をつくることを目標とした会議で、
区民が集まって議論するというのが特徴でした。
今まで役所などは全く関係なく生きてきたのですが、ちょっと興味を持って参加してみました。
というのも、子どもができる前は、あまり意識はなかったのですが、子どもができてからは、保育園、小学校などは
行政にお世話にならなくてはいけないので、親として何か出来ないかな?と思ったのがキッカケです。
さて、この未来会議では、区内の住民など150名が集まり、年齢も80歳くらいの方も多くいらっしゃるし、
地域的にも、区内の亀戸やら砂町やら色々な人たちがいました。
初回の会議では、全員が一同に集まったので、圧倒されました。
ただ、圧倒されたのは、人の多さだけではなく、会議に対する進め方の難しさに対してびっくりしました。
というのも、今まで、私にとって『会議』というものは、ある程度ゴールが決まっており、そのゴールに向かって
どうしたらいいか。など建設的な議論をしていくものでした。
想像すればわかることだったかもしれませんが、年齢的にも20歳代から80歳代まで、2ジェネレーション
分の人がいるので、言葉の認識をあわせるのに一苦労でした。
例えば、『これからワークショップを行っていただきます』と区の方がいっても、年配の方はわからず、
怒り狂う人もいたりして・・
個人的には、建設的に物事を進めてくれよ~と思うのですが、確かに、ターミノロジーをあわせる必要は
あります。
そういった意味でも、とても勉強になりました。
ただ、年配者からの指摘があると、反骨的に言い返してしまうところは、なかなか成長しません・・
さて、その会議で半年くらい議論し、最後にはプレゼンテーションを行い、終了しました。
なぜか、150人中5名の代表に選ばれてしまい、翌年から未来会議の議論内容を踏まえて
本格的に基本構想を議論する、基本構想会議委員になりました。
今思うとそれに選ばれなければ、NPOを作ることはなかったでしょう。
その基本構想委員は、私のような区民代表だけではなく、大学の教授や医師会、商工会議所
木場の木材業界の方、東京都の役人の方、区議会議員の方 と、今までコミュニケーションを
取ったことのない方ばかりでした。
区民150人以上に、その出席者の後ろには各業界関係者、選挙民がいるので
そのような人の言葉は、重かった。
それにくらべ、私を含め区民代表の言葉が軽いこと、軽いこと
軽いといっているのは、悪い意味でもなく、思っていることを良かれと思って色々発言しています。
逆に、業界代表の方や議員さんの意見は、とても為になるお話しがある一方、ごく一部の方は、
建設的な意見ではないことがありますね。
この会議も9ヶ月くらい続き、基本構想を策定、区に答申後、先月の区議会で承認されました。
”答申”なんて、産まれてはじめての経験です。
この基本構想で定義したキャッチフレーズが『みんなでつくる伝統、未来 水彩都市・江東』
なのですが、”みんなでつくる”というのが特にポイントになりました。
実は、この会議の議長は、青山先生という方で元東京都副知事で、最近では、世界一受けたい授業に
先生として出ていたその筋では有名な方です。
その先生のお話によると、行政の運営は、統治するという上からの押し付けというより、
ボトムアップ的に進めていくことが最近のトレンドとの事をおっしゃっていました。
そのようなこともあり、”みんなで”というのがキーワードとして、日々の会議の中心になってきました。
このみんなでというのは、一般的には区民をさしていますが、組織としてはNPOやボランティア団体
がかかわってくるとの事です。
NPO設立は、未来会議を行ってきた頃から漠然と思っていましたが、青山先生などの話から
このようなトレンドを知り、機は熟したかなと思い、NPOを作ってみることにしました。
今日は、NPOをつくったキッカケに関して書こうと思います。
もう3年前になるのですが、住んでいる江東区にて”未来会議参加者募集”という案内がありました。
未来会議とは、区の計画の基となる、国で言うと憲法に相当する『基本構想』をつくることを目標とした会議で、
区民が集まって議論するというのが特徴でした。
今まで役所などは全く関係なく生きてきたのですが、ちょっと興味を持って参加してみました。
というのも、子どもができる前は、あまり意識はなかったのですが、子どもができてからは、保育園、小学校などは
行政にお世話にならなくてはいけないので、親として何か出来ないかな?と思ったのがキッカケです。
さて、この未来会議では、区内の住民など150名が集まり、年齢も80歳くらいの方も多くいらっしゃるし、
地域的にも、区内の亀戸やら砂町やら色々な人たちがいました。
初回の会議では、全員が一同に集まったので、圧倒されました。
ただ、圧倒されたのは、人の多さだけではなく、会議に対する進め方の難しさに対してびっくりしました。
というのも、今まで、私にとって『会議』というものは、ある程度ゴールが決まっており、そのゴールに向かって
どうしたらいいか。など建設的な議論をしていくものでした。
想像すればわかることだったかもしれませんが、年齢的にも20歳代から80歳代まで、2ジェネレーション
分の人がいるので、言葉の認識をあわせるのに一苦労でした。
例えば、『これからワークショップを行っていただきます』と区の方がいっても、年配の方はわからず、
怒り狂う人もいたりして・・
個人的には、建設的に物事を進めてくれよ~と思うのですが、確かに、ターミノロジーをあわせる必要は
あります。
そういった意味でも、とても勉強になりました。
ただ、年配者からの指摘があると、反骨的に言い返してしまうところは、なかなか成長しません・・
さて、その会議で半年くらい議論し、最後にはプレゼンテーションを行い、終了しました。
なぜか、150人中5名の代表に選ばれてしまい、翌年から未来会議の議論内容を踏まえて
本格的に基本構想を議論する、基本構想会議委員になりました。
今思うとそれに選ばれなければ、NPOを作ることはなかったでしょう。
その基本構想委員は、私のような区民代表だけではなく、大学の教授や医師会、商工会議所
木場の木材業界の方、東京都の役人の方、区議会議員の方 と、今までコミュニケーションを
取ったことのない方ばかりでした。
区民150人以上に、その出席者の後ろには各業界関係者、選挙民がいるので
そのような人の言葉は、重かった。
それにくらべ、私を含め区民代表の言葉が軽いこと、軽いこと
軽いといっているのは、悪い意味でもなく、思っていることを良かれと思って色々発言しています。
逆に、業界代表の方や議員さんの意見は、とても為になるお話しがある一方、ごく一部の方は、
建設的な意見ではないことがありますね。
この会議も9ヶ月くらい続き、基本構想を策定、区に答申後、先月の区議会で承認されました。
”答申”なんて、産まれてはじめての経験です。
この基本構想で定義したキャッチフレーズが『みんなでつくる伝統、未来 水彩都市・江東』
なのですが、”みんなでつくる”というのが特にポイントになりました。
実は、この会議の議長は、青山先生という方で元東京都副知事で、最近では、世界一受けたい授業に
先生として出ていたその筋では有名な方です。
その先生のお話によると、行政の運営は、統治するという上からの押し付けというより、
ボトムアップ的に進めていくことが最近のトレンドとの事をおっしゃっていました。
そのようなこともあり、”みんなで”というのがキーワードとして、日々の会議の中心になってきました。
このみんなでというのは、一般的には区民をさしていますが、組織としてはNPOやボランティア団体
がかかわってくるとの事です。
NPO設立は、未来会議を行ってきた頃から漠然と思っていましたが、青山先生などの話から
このようなトレンドを知り、機は熟したかなと思い、NPOを作ってみることにしました。