連合国家だった弥生時代の日本…古代にあった二つの日本1
連合国家だった弥生時代の日本…古代にあった二つの日本1 出雲王国を中心とした鵜芽葺不合王朝を倒し、磐余彦を初代神武天皇として即位させて新大和王朝だったが、新政権の勢力範囲は広く東国には及ばず、就中(なかんずく)奥州では関東から拠点を移した、出雲神族の族長で大和国(邪馬台国)の統治者であった長髄彦、常陸国の統治者であった安日彦に率いられた日高見国の激しい抵抗が続いた。 本章では、これまで史学会においてタブー視され全く無視されてきた、出雲神族残存勢力と奥州荒覇覇吐(あらはばき)族の合流によってできた東日本「日之本国」と、西日本「大和王朝(大和新政権)」との中世平安時代半ばまで続いた熾烈な闘争について明らかにする。 さて、抑々、『紀記』には、日本の象徴たる霊峰・富士山の記述がないが、これは不自然なことである。何か秘匿しておきたいことでもあるのであろうか? 各地域の有力豪族家伝を纏めた『竹内文書』『宮下文書』『九鬼文書』『上記』などの古史古伝には、大和王朝以前の日本に「鵜芽葺不合王朝」「富士王朝」「白山(飛騨)王朝」があったと記述されていることは既に見た。 例えば、神武東征(したがって大和王朝成立)直前までの日本には、九州の豊国王国、狗奴国(球磨国)、隼人国、日向国、中・四国は出雲王国、吉備国、伊都国、近畿には大和国(長髄彦の邪馬台国)、東は飛騨国、常陸(日立)国、日高見国、荒覇吐国、日高国、渡島国(北海道)などからなる鵜芽葺不合(うがやふきあえず)朝があったとされている。さらに、それ以前には富士山麓に富士王朝があり、秦始皇帝の使者・徐福がやってきて宮下文書を編纂したとあり、さらに遡る一万二千年前の太古、海中に没したムー大陸の王族が飛騨地方に辿り着き、白山王朝(飛騨王朝)を肇国したと『竹内文書』に書かれている。※第十二巻『カタカムナ古代論』好評発売中!カタカムナ古代論 | 長髄玄師 |本 | 通販 | Amazon