突然ですが、「生きがい」って考えたことありますか?
私は、60歳を過ぎたころから、これまで以上に「生きがい」について意識するようになりました。
年々、時の経過が早くなる気がする中で、「毎日をもっと充実して過ごしたい」、「このまま人生終わりじゃちょっと寂しい」、そんな気持ちが頭をよぎるからです。
これまでの自分であれば、
・年間目標を達成するために、日々、To-Doをこなしていく
・手帳にラインナップしているやりたいことを一つずつつぶしていく
そうした毎日を実践していくことが自分の「生きがい」だと思っていました。
でも、時に、なんか違和感を感じる。なんでかわからんが違和感を感じる。違和感というより虚しさなのか?不安感なのか?
・目標を掲げてもなかなかうまく進まない。
・やりたいことといっても特別なことは何もない。
・毎日、やりたいことなんてそうそうない。
・毎日が穏やかならそれでいいか…。
こういう消極的な気持ちがふっと頭をよぎる。
大抵は、1晩寝れば、またやる気は出てきますが、しばらくすると、また、こうした違和感が頭をよぎります。
そんな時、先日読んだ、精神科医の小林司さんが書かれた「生きがいとは何か 自己実現へのみち」という本の中に素晴らしいヒントが書かれていました。
このヒントは、「夜と霧」の著者V.E.フランクルの創案ということですが、要は、人生に意味を与えるための価値には以下の3つあるというものです。
1.創造的価値
2.体験的価値
3.態度的価値
「創造的価値」とは、自分で何かを作り出したり、世の中に何かを与えることで感じるもの。要は世の中に何らかの実績を残すこと。自分で言えば、まさに、仕事等の目標の達成がこれにあたります。
「体験的価値」とは、美しい景色に触れる、素晴らしい芸術に触れる、といった世の中から何かを受け取るときに感じる感動。自分で言えば、散策や写真撮影がこれにあたります。
3番目の「態度的価値」とは、避けることが出来ない、自分の運命に対して、それを受け取る際にどんな態度をとるか。人間の尊厳に関する問題です。要はその人の価値観に基づく生き方の問題です。自分には思いもつかなかった価値観です。
でも考えてみると、この「態度的価値」は、もしかして「生きがい」において一番大切なものではないのかと思います。
例えば、死の間際に人生を振り返った時、実績を残したとか、素晴らしい体験をしたことよりも、「人として正しい行動がとれたか」「自分の価値観に基づいて人生を送れたか」、「胸を張れる生き方をしてきたか」、そうしたことの方が自分には大事な価値観のような気がするからです。
「あんな態度とらなければ良かった」、「なんであんなこと言ってしまったのか」、「もっと笑顔で過ごせば良かった」等々。
そんな後悔をしないように、何気ない日常の自分の思考、言動、行動等に留意して、自分の理想とする人間像の完成を目指す。自分にはそれがなにより大事な価値観のような気がします。
この価値観こそ、ホントの人生の生きがいであり、延いては自分の幸せにつながるような気がします。
これまでの自分は、「創造的価値」と「体験的価値」のみで、人生を考えていました。
「創造的価値」は、ひたすら目標を追いかけて結果だけにこだわってしまう。
「体験的価値」は、瞬間の感動であって継続性がない。
もしかしたら、「生きがい」について時折感じていた違和感、虚しさ、不安は、こうしたことが原因だったのかもしれない。
もちろん、目標達成という創造的価値は生きる上でのモチベーションとして大事だし、体験的価値も、瞬間の人生の喜びとして大事です。刺激のある毎日、充実した毎日を実感して過ごすためには、この二つの価値観は必要不可欠です。
でも、「態度的価値」が抜けていたらきっと人生の最後に一番後悔するだろうと思う。
「態度的価値」という考え方を知って、早速、A5手帳に作成済みの「人生の羅針盤(生きる目標)」をレビューしました。
これまで自分が実践してきた「創造的価値」と「体験的価値」に「態度的価値」が加わったことで、生きがいの幅がグーンと広がった気がします。少なくとも、今までよりも、毎日の生活にしっかりした軸足がついたように感じます。
しばらくすると、「生きがい」に関する考え方、自分の価値観は、また変わっていくかもしれません。でもそれでいいと思います。生涯かけて「生きがい」=「幸せ」について考え、実践していきたいと思います。












