卯月半ば、安芸の宮島 厳島神社の「桃花祭」に参列させて頂きました。桃花祭で特筆すべきは、当日催される舞楽奉奏と、翌日から三日間に亘って奉納される御神能。ともに世界遺産である神社の高舞台と能舞台で舞われ、舞楽は厳島神社の神官の方々、神能は喜多流と観世流、狂言は大蔵流により奉納されます。


  午後5時からの御神事に続き、名残の夕焼けに暮れなずむ大空と海を背景にした高舞台に、神官により紅白の桃の花が献上されます。すると、清々としながらもどこか物悲しくも狂おしい横笛の音がそこはかとなく聴こえ、その音に導かれ鳥兜を被り、緋色の襲装束を着けた片肩衣の舞人が鉾を持ち、まずは左手の楽房から登場します。舞曲「振鉾」です。


  この舞は舞楽演奏にあたり最初に舞われる儀式的な演目で、左方の舞人の後に右楽房からも萌黄色の装束を着けた舞人が登場し、ほぼ同様の振り付けながら、一方は躍動的にもう一方は物静かに舞われます。



  この後、3時間余にわたり10演目ほどの舞楽が奉納されましたが、この夜は奇しくも満月の大潮。干満差は最大4mもあり、しかも舞楽奏上の間はずっと満ち潮でしたので、足元から次第に満ちて行く海水の気配がヒシヒシと伝わってきました。

  満天の星と満月に照らされる中、天と地を結ぶ大宇宙のパワーを一身に集めたかのような舞人たちの舞はただただ神々しく、圧巻の一語に尽きるものでありました。

   世界遺産そのもので演じられる舞楽を、数メートルの真近から見るという僥倖に恵まれたこともさることながら、何より勿体無いのは、この舞楽を参列者たちは厳島神社の神様と同じ方向から、更に言えば神様よりも近い場所から拝見できるということ。

  はじめの内は些か心苦しく戸惑いもありましたが、しばらくして舞楽の美しさ、楽しさに心が躍り始めると、こうして神様とご一緒に心から楽しませて感動させて頂くことが、神様をお慰めし、その御心に叶うことなのかなと思えてきました。
 
  天と地と海が織りなす大スペクタクルという特別な舞台でしか体感し得ない、神とともに遊ばせていただくという一体感。

  それこそが、世界に比類無き厳島神社の本質であると感得した、奇跡のような宵でありました。