先週まで福島県南相馬地区を訪れることができました。土地の皆様方には大変お世話になりました事冒頭にて感謝致します。
南相馬には東京から車で常磐自動車道を北上しました。常磐道が開通したおかげで南相馬までのドライブはかなり楽になりました。関係者の皆様に感謝致します。
常磐自動車道を走っていますと常磐富岡あたりからだと思いましたが道路脇に放射線量が表示されていて、高いところで4μシーベルト毎時程度。これは都内の100倍です。
片側1車線の対面通行ですので、ここで渋滞に巻き込まれたらと思うと背筋が寒くなります。バイク通行禁止区間があるなど被爆前提の開通であることにも驚きです。
しかしそれでも復興のための大きな力になることを思えば開通の意味は大きいです。
南相馬はホテルが取れなくて、地元の方の家に宿泊させて頂きました。ここは町中で空間線量も低く(とはいえ都内よりは高目のところがそこかしこにありましたが)多くの方々が生活されていました。
数日、山間部に立ち入りここで暮らす老夫婦の方にお世話になりました。原発事故前と後の違いについて幾つかの事例をお伺いしたので紹介します。
1. ”まず昆虫が少なくなった。”確かに私が滞在中もアブ2匹くらい、チョウチョ1匹だけしか見ませんでした。通常どのくらいかは知りませんが、山間で川の流れる山間部としては決して多いとは言えないと思います。
2. ”鳥がいなくなった”
3. ”カエルが卵を産まなくなった” もう40年も庭でカエルを育て観察されているそうですが。
4. ”カエルの卵が途中で腐って茶色く垂れ下がるようになった”
5. ”山の針葉樹が夏に枯れる”
これが放射能によるものなのか、気候変動によるものなのかの結論は出ない事だとは思いますが、そこに長年住み暮らす方の感覚からは決して良くないことが起きていると思うに十分でした。
滞在中、奥様が漬け物(めちゃくちゃ美味しい) と とらやの羊羹 とお茶を振る舞ってくださり、庭先でおいしく頂きました。ここは居住区域です。
しかし、ここの線量は0.4μシーベルト毎時(都内の10倍)位いあるそうです。
ちょっと専門的になりますが、原発作業の経験のある方、大学・研究所等の管理区域でお仕事をされている方ならピンと来るだろうと思いますが、このお宅の線量率を高めているのは非密封の放射性物質です。つまり雰囲気中に放射性物質が風などの影響で舞っている可能性がある訳です。
管理区域は厳密に管理され非密封を扱う場合にはドラフタ等外部に漏れないように慎重に扱われていると思います。原発の管理区域も基本的には非密封の放射性物質は存在していないと思います。
でも、飲食禁止ですよね!万が一ケガをして血が流れたら傷口の検査を行いますよね!とても厳しい管理が実施されているのです。
でも、南相馬ではこの環境下でお茶を飲み、草を刈り、食べ物を口にすることが日常として行われているのです。そしてそれは安全なこととして広報されているようです。
プロ中のプロ、専門家中の専門家が必死になって不便を我慢して発生を防止するために努力されている内部被ばくの防止が、南相馬にあっては馬鹿げた徒労のようにさえ思えます。
管理区域から決して放射性物質を持ち出さぬように膨大な廃棄物と闘いながら日々管理監視される放射線管理担当の皆様の努力も、8000Bq/kg以下は一般ごみという基準の前では笑い話にしかなりません。
健康に影響があるのかないのかこの問題は未だ明確な回答がないと理解していますが、プロが管理する放射線科管理区域の常識からすればここに人が住み暮らすことを安全だと言い切ることには不信感を持たざるを得ません。
常磐自動車道が開通するまで、東京から南相馬はかなり遠い場所でしたが、常磐自動車道が開通た今、南相馬がとても近いことを強く実感しました。
帰路、国道6号線を南相馬から富岡まで走行しましたが、ここに広がる景色は人類の大多数にとって異空間です。停車も窓を開けて走ることも禁止されたこの区間のドライブは心に深く刻み込まれました。