今回は、グーグル、フェースブック、ツイッターといった、インターネット通信を利用した運営体制に切り込んでみることにしました。今回は、特に私見全開で書いていますので、ご了承ください。
 
新聞、テレビなどのマスメディアは、昨今「偏向報道」が目に余ると感じる方々も多いでしょう。こうしたメディア、出版社をまとめて「パブリッシャー(Publisher)」と言われることが多いようだ。
 
これに対して通信のデジタル化で、携帯電話サービス、検索、動画、SNS(social networking service)、商品販売サイト、オークションサイト、フリーマーケットなどの運営会社を「プラットフォーム(Platform)」と言われている。
 
携帯電話に例えれば、通話する相手に音声を送る道具としてプラットフォームという電話会社が間に入ってつないでくれる。電話会社はつなぐだけだから、当たり前だが何を話しても責任は話者にある。
 
これに対してラジオ放送というメディア(パブリッシャー)は送信所からラジオの音声を無作為に流す。この場合は不特定多数が相手になるので、発信する放送局の内容に対する責任が重大になる。
 
新聞、雑誌のデジタル化とインターネット配信、放送のインターネット配信が広がっている。一方で、情報系のブログや放送局のクオリティをしのぐ番組コンテンツが動画サイトなどにで出るようになった。
 
こうしてメディアの相互乗り入れが進んで、パブリッシャープラットフォームの境目が曖昧あいまいになっている。ではパブリッシャーとプラットフォームの違いとは何か?
 

 
プラットフォームとは、鉄道や乗り物の乗降口(ホーム)以外に、教壇、演壇、講壇、舞台という意味があるようだ(小学館 プログレッシブ英和中辞典)。つまりインターネット通信では、ブログやSNSなどで研究結果や意見を表明する「演壇」であり、様々な画像などを公開する「舞台」を提供することがプラットフォームの役割だ。
 
一見するとプラットフォーマー(プラットフォームの運営会社)とパブリッシャーは同じように思われがちだが、最大の相違点は「法的責任」だろう。パブリッシャーは発信した情報などに法的な責任を持つ(建前では…)。一方、プラットフォーマーには、そこを利用して個人が発信する情報に法的責任を負われない原則がある。これを言い換えれば、情報等を発信する側が「編集」する責任(または権利)を持っているか否かとも言える。
 
パブリッシャーは不特定多数の読者や視聴者を相手にするが、プラットフォームの場合は送る側も受ける側も原則として「ログイン」した特定の人を相手にする点も大きな違いである。
 
無論、いずれも公序良俗の違反、個人情報の侵害、名誉棄損などに対する規制は行っているが、プラットフォーマーは「場」の提供が目的なので、一義的には情報の発信を行った個人が「編集」する責任(または権利)を負い、プラットフォーマーにその責任は及ばない訳だ。
 
その根拠は、インターネット通信に関する米国「通信品位法」(Communications Decency Act)に規定されている。
 
Communications Decency Act(通信品位法)第230条
https://www.law.cornell.edu/uscode/text/47/230
 
47 U.S. Cord §230
(c)Protection for “Good Samaritan” blocking and screening of offensive material
(c)不快な素材の審査とブロックによる善良な人々の保護
 
(1)Treatment of publisher or speaker
No provider or user of an interactive computer service shall be treated as the publisher or speaker of any information provided by another information content provider.
(2)Civil liability
No provider or user of an interactive computer service shall be held liable on account of any action voluntarily taken in good faith to restrict access to or availability of material that the provider or user considers to be obscene, lewd, lascivious, filthy, excessively violent, harassing, or otherwise objectionable, whether or not such material is constitutionally protected;
 
(1)発行者または話者の取り扱い
インタラクティブ・コンピュータ・サービスのプロバイダーまたはユーザーは、他のコンテンツ・プロバイダーが提供する情報の発行者または話者として扱われないものとする。
(2)市民の責任
インタラクティブ・コンピューター・サービスのプロバイダーまたはユーザーは、プロバイダーまたはユーザーが、わいせつ、淫ら、扇情的、不潔、過度に暴力的、嫌がらせ、その他好ましくないと考える素材へのアクセスまたは利用可能性を制限するために善意で行ったいかなる行為について、その素材が憲法上保護されているか否かに関わらず、責任を負わない。
 
本年(2020年)、経済産業省は大手プラットフォーマーに対する「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が制定さた。この法律はアマゾン、グーグル、アップル、楽天、ヤフーが対象になるようだ。
 
特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(経産省)
https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200218001/20200218001.html
 
デジタル・プラットフォーマーに対する規制(各国の違い)総務省
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd131450.html
 

 
かつて事件、事故などの速報性を最大の武器にしていたテレビ報道も、現場近くのスマートフォンなどを使って、一般人の発信する動画の即時性には到底かなわなくなった。
 
一般人の情報には、発信者の匿名性が高く検証しにくい点から、信ぴょう性を疑問視されがちだ。しかし新聞報道やテレビ報道であっても必ず検証されているとは限らない。むしろSNSや動画サイトなどの情報は、事実と異なる発信を行った場合、即座に反証が行われる点が健全ともいえる。
 
マスメディアでは、社外の人間に主張を語らせて、あたかもメディアの主張ではない体裁をとって責任を回避する。また場合によっては語尾を濁して出所を明らかにしない。こうした主張は一方通行で、反証を加えることは困難だ。
 
一方で、SNS(社会的情報網提供)、ブログ情報などに対して、学術論文を指摘するように、出所の曖昧あいまいさを指摘して、語尾の成否をあげつらう。あたかも「我々はプロでお前らは素人だ」と言いたげだが、一方で、インターネット上の情報や画像は、チャッカリ利用してしている。
 

 
トランプ米大統領
アメリカは建国以来、「自由と平等」を標榜してきた。多少独善的とはいえ、そのために多くの犠牲を払ってきた国だろう思う。
 
そんな米国で、ドナルド・トランプ大統領のフェースブックが削除され、ツイッターの表示が規制された。米国のメインストリーム・メディアならいざ知らず、フェースブックやツイッターまで赤い毒が回ったのか…と驚いた。
 
Twitter
ドナルド・トランプ大統領のツイッター
郵送投票が実質的に不正であるという方法はありません(ゼロ!)。メールボックスが奪われ、投票用紙が偽造され、違法に印刷され、不正に署名されることさえあります。カリフォルニア州知事は、何百万人もの人々に投票用紙を送っています。…。
郵送投票に関する事実を入手する <機械翻訳>
 
…州に住んでいると、彼らが誰であるか、どのようにそこに着いたかに関係なく、それを手に入れるでしょう。その後、専門家がこれらすべての人々に、これまで、どのように、誰のために投票するかを考えたことさえなかった人々に投票するように指示します。これは不正選挙になります。ありえない!
郵送投票に関する事実を入手する <機械翻訳>
 
このところのツイッター、フェースブックの投稿制限や削除などの規制には、プラットフォーマーとして限度を超えていると感じた。法秩序や公序良俗に反しない個人の意見や感想を、一方的に検閲して削除、制限することには大きな疑義を覚えた。これは言論封鎖に値する。
 
巨大とはいえ私企業なので、様々な力学が作用することは容易に想像できる。一部であろうが今回の出来事で「自由と平等」のアメリカとアメリカ人に幻滅を感じた次第です。
 
 
 
 
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