英語の勉強をしていてよく分からないことの一つに、 “a” と “the” の使い方があります。「冠詞」と呼ばれるものですね。日本語には無いものですから分かりにくくて当然だと僕は思います。
分かりにくいことでもちゃんと勉強すれば理解できるはずです。でも、なんだか冠詞のお勉強はいつも避けられがちです。ぼくも高校生の頃に「“the”についての本」を読んだんですけど、それ以来、「冠詞だけを扱った本」は読んだ記憶がありません。
別に英語を学ばなくなったわけではないんです。ぼく、英語が好きですから、学生時代は英語ばっかりやってました。そんなに英語が好きでも「冠詞だけのお話」になると遠ざけちゃうことがあるんですね。
だからぼくは「冠詞が理解できないのは怠慢のせいだ」とは思っていなくて、「冠詞なんて結構なんとでもなるから、いいか」という感覚がぼくらにあるからだと思うんです。だって殆どのケースでなんとでもなっちゃいますから。
だから冠詞のお勉強の第一歩は「冠詞を意識しないとなんとかならないこともあるぞ」と意識することだと思います。実際にそういうことって、あります。
大分前に聞いていたラジオでこんな話が出てきました。
ある芸人がアメリカのホテルに泊まったとき、タクシーを呼んでもらおうとフロントに行って英語でこういいました。
“Call me taxi.”
これ、間違った英語ですよね。本来ならば、 Call me “a” taxi. と冠詞つきで言わなきゃいけなかったんです。しかも “Please” さえ使っていないので大変無礼な物言いですね。
フロントの人がその態度に腹をたてたかは分からないですけど、素直にタクシーを呼んであげませんでした。そのかわりに、 “Yes, Sir. You are Taxi.” と返答したんです。
順を追って日本語にすると、「おれをタクシーと呼べよ」、「はい、かしこまりました。タクシー様」、です。
日本語だと「タクシー(と)呼べ」と「タクシー(を)呼べ」、というように助詞を変えればいいだけですから、「英語でもべつに冠詞くらいなくても伝わるだろう」という感覚だとこんな失敗もしてしまいます。
他にも冠詞のある/なしでニュアンスが変わるものがあります。例えば、「あぁ、めっちゃおなかすいた!」という表現に “I can eat a horse now!” というものがあります。お腹が減りすぎて馬一頭ならペロッといけちゃうといった感じですね。
これに冠詞がないと “I can eat horse now!” になりますけど、この時の horse は馬一頭ではなくて馬肉のことです。だから「おれ、(普段はダメだけど)今なら馬肉くえんぜ」という意味になります。
他に、apple でも似たようなことが起こります。”Put apple in it” (リンゴを入れて)に冠詞をいれると “Put an apple in it.” ですけどこれは「リンゴひとつをまるまる入れて」といった意味に変化します。お母さんのお手伝いをしていていきなりリンゴをドカンといれたら怒られますよ、きっと。
こんな具合に冠詞が割と重要な役割を担っていることもあるんです。そこの意識をもっと強くすれば、ぼくも次の専門書を手が、いや、手に、取るかもしれません。日本語で助詞が大切なのと同じことですね。
追記)
"a" や "an" のように「不定冠詞」と呼ばれるものだけでなく、「定冠詞」と呼ばれる "the" にもその有無でニュアンスが変化するものがあります。
"Do you have time?" という表現と、 "Do you have the time?" という表現の違いは "the" があるかないかだけですけれど意味はだいぶ違うんです。
最初の "Do you have time?" は「時間ある?」という意味です。お誘いのときなどにも使われる表現ですね。
一方で "Do you have the time?" というのは「いま、なんじ?」です。"the" というのは特定のものを指す時に使われたりしますが、この場合もそうです。「自分と相手がお互いに共通に持つ時間は特定されている」ので "the" が使われているんです。当然ですよね。僕の時計が10時10分を指しているのに隣にいる人が5時なわけがありません。だから「僕と君がもつ共通してもってる "あの" 時間あるじゃん?あれ、いまいくつ?」という感じのニュアンスになって、「いま、なんじ?」につながります。
「あの」を指す "that" という単語ももとをただせば "the" から来ているんです。Those who ~ の Those も同じことみたいですね。
分かりにくいことでもちゃんと勉強すれば理解できるはずです。でも、なんだか冠詞のお勉強はいつも避けられがちです。ぼくも高校生の頃に「“the”についての本」を読んだんですけど、それ以来、「冠詞だけを扱った本」は読んだ記憶がありません。
別に英語を学ばなくなったわけではないんです。ぼく、英語が好きですから、学生時代は英語ばっかりやってました。そんなに英語が好きでも「冠詞だけのお話」になると遠ざけちゃうことがあるんですね。
だからぼくは「冠詞が理解できないのは怠慢のせいだ」とは思っていなくて、「冠詞なんて結構なんとでもなるから、いいか」という感覚がぼくらにあるからだと思うんです。だって殆どのケースでなんとでもなっちゃいますから。
だから冠詞のお勉強の第一歩は「冠詞を意識しないとなんとかならないこともあるぞ」と意識することだと思います。実際にそういうことって、あります。
大分前に聞いていたラジオでこんな話が出てきました。
ある芸人がアメリカのホテルに泊まったとき、タクシーを呼んでもらおうとフロントに行って英語でこういいました。
“Call me taxi.”
これ、間違った英語ですよね。本来ならば、 Call me “a” taxi. と冠詞つきで言わなきゃいけなかったんです。しかも “Please” さえ使っていないので大変無礼な物言いですね。
フロントの人がその態度に腹をたてたかは分からないですけど、素直にタクシーを呼んであげませんでした。そのかわりに、 “Yes, Sir. You are Taxi.” と返答したんです。
順を追って日本語にすると、「おれをタクシーと呼べよ」、「はい、かしこまりました。タクシー様」、です。
日本語だと「タクシー(と)呼べ」と「タクシー(を)呼べ」、というように助詞を変えればいいだけですから、「英語でもべつに冠詞くらいなくても伝わるだろう」という感覚だとこんな失敗もしてしまいます。
他にも冠詞のある/なしでニュアンスが変わるものがあります。例えば、「あぁ、めっちゃおなかすいた!」という表現に “I can eat a horse now!” というものがあります。お腹が減りすぎて馬一頭ならペロッといけちゃうといった感じですね。
これに冠詞がないと “I can eat horse now!” になりますけど、この時の horse は馬一頭ではなくて馬肉のことです。だから「おれ、(普段はダメだけど)今なら馬肉くえんぜ」という意味になります。
他に、apple でも似たようなことが起こります。”Put apple in it” (リンゴを入れて)に冠詞をいれると “Put an apple in it.” ですけどこれは「リンゴひとつをまるまる入れて」といった意味に変化します。お母さんのお手伝いをしていていきなりリンゴをドカンといれたら怒られますよ、きっと。
こんな具合に冠詞が割と重要な役割を担っていることもあるんです。そこの意識をもっと強くすれば、ぼくも次の専門書を手が、いや、手に、取るかもしれません。日本語で助詞が大切なのと同じことですね。
追記)
"a" や "an" のように「不定冠詞」と呼ばれるものだけでなく、「定冠詞」と呼ばれる "the" にもその有無でニュアンスが変化するものがあります。
"Do you have time?" という表現と、 "Do you have the time?" という表現の違いは "the" があるかないかだけですけれど意味はだいぶ違うんです。
最初の "Do you have time?" は「時間ある?」という意味です。お誘いのときなどにも使われる表現ですね。
一方で "Do you have the time?" というのは「いま、なんじ?」です。"the" というのは特定のものを指す時に使われたりしますが、この場合もそうです。「自分と相手がお互いに共通に持つ時間は特定されている」ので "the" が使われているんです。当然ですよね。僕の時計が10時10分を指しているのに隣にいる人が5時なわけがありません。だから「僕と君がもつ共通してもってる "あの" 時間あるじゃん?あれ、いまいくつ?」という感じのニュアンスになって、「いま、なんじ?」につながります。
「あの」を指す "that" という単語ももとをただせば "the" から来ているんです。Those who ~ の Those も同じことみたいですね。