冷やし中華 はじめました
そうだ 京都 行こう
のりか 「格差婚」 語る

上記のような一見まちがった日本語に見える言葉の使い方について、慶應の先生の研究が面白かった。

正しくは
冷やし中華(を)はじめました
そうだ 京都(へ)行こう
のりか(が)「格差婚」(を)語る

であろう。
そしてそれを省くことは消極的なもの、つまりある種の怠惰だと思われがちである。しかし、それは実は積極的省略だといっている。省略することで何らかの効果を生んでいる、というのだ。

その効果は「ライブ感」といえるかもしれない。特に会話の中では助詞を省くことで互いの距離が近くなるということである。

「おまえ、ばかだなー」 / 「おまえ(は)、ばかだなー」
「ぼく、やります」 / 「ぼく(が)、やります」

微妙ではあるが確かに違いが生じている。
よくよく考えてみればフォーマルな場では助詞の省略はあまりみられないかもしれない。
たとえば、日常会話では「おれ、これ、だいじだと思う。」という表現はしぜんに受け止められるだろう。しかし会社のプレゼンなどで「わたし、これ、大事だと思う。」ではなく、「わたし(は)これ(を)大事だと思います。」という言葉遣いが用いられることだろう。

確かに助詞省略は「ライブ感」を生み出すためのワザなのかもしれない。