みなさん、こんにちは。
今日は特に沖縄の皆さんにご覧いただきたいのです。
わたしも何度か行ったことがあるのですよ、沖縄
まさにこの世の楽園ですごしたようなすばらしい思い出を作ることが出来ました。

その楽園が、残念ながら危ないような気がするんです。

(私の有料メルマガ会員の皆さんすみません、日本のために、以前お伝えしたこの話をブログで出すことご容赦を。)

今からお話しすることは、沖縄だけではなく、全国の皆さんにもお知り置き願いたいのです。私がびっくりしたんですから。びっくり

私の尊敬する保守の先輩の一人に、「外国人参政権に反対する会」 を主催する村田春樹先生という方がいらっしゃいます。

先日、その村田先生と上野で一緒にお茶したときに、私も声を上げて驚くようなお話をしてくれたのです。

昭和46年12月30日、村田先生は友人と二人で沖縄本島に行ったとき、本島北部にある「奥」と言う地名の場所で、山の中にテント10張ほどが並んでいて、30人ほどの大学生たちがテントの補強をしていたとのこと。

興味を持った村田先生は、
「どうしてこんなところにみんなでテント生活しているんですか?」
と聞いたところ、学生は
「ここで革命のための軍事訓練をしている」
と答え、興味を示した村田先生と友人の2人を、一番大きなテントに案内したそうです。

テントの中には、なんと、軍服を着た解放軍の将校がいて、その後ろには毛沢東と林彪の写真が掲げられていたとのこと。

まだアメリカの占領下にある沖縄に、軍服の解放軍将校がいることに、先生はとてもびっくりしたそうです。
そしてその場にいた通訳を介して、そこで訓練をしているのは過激派学生であることを知ったとのこと。

さらに先生が不思議に思ったのが、林彪の写真でした。
当時、すでに林彪が失脚したことは、まだテレビには報道されていませんでしたが、「正論」や「諸君」では紙面掲載されており、先生はこれを知っていたので、
「なぜ林彪の写真を飾っているのですか? 
 林彪は失脚しましたよ」

と聞いたところ、将校は
「それは知らなかった」
と答えたのだそうです。


もう四〇年も前の話なので、一緒に現場に行った友人とも連絡が取れず、学生たちがどんな服装をしていたのか、どの団体に属していたのか、解放軍将校が銃器を持っていたのかなどは失念したとのことですが、中国共産党は、もう40年の昔から日本の共産化を狙い、日本人過激派学生と連携していたのですよ。

信じる信じないは皆さんの自由ですが、村田先生は決してウソをつくようなお方でもありません。

この話に関して、村田先生ご本人からも「皆さんにぜひ教えてあげて欲しい、私が証言するとのことです。

沖縄の皆さん、米軍軍用機の爆音の中、米軍の婦女子に対する暴行や日本政府の弱腰に腹を立てるお気持、お察し申し上げます。

しかし今、落ち目の極左運動家に踊らされて、他の日本国民との間に溝を作れば、その溝が国境になるのです。

防衛力なしにどうやって身を守るのですか?
自衛隊の誘致を抜きに運動を突き進めれば、運動は米軍基地の追放から沖縄独立に誘導され、解放軍がきます。 
ご覧ください。これは基地反対集会の現場で配られていた実在しない新聞社の号外です。見づらいかもしれませんが、電話代表番号を見ると「099-999-9999」になっています。

外国人犯罪の増加から分かること
先にデマを流してイメージを現実に近づける、洗脳ステップですよ。
中国政府と同じ手法です。
ちなみにこれを配った本人のブログが存在します。
「琉球タイムス」で検索するとヒットしますが、その人物のHNも驚きますよ。

共産党の議員さんまで怒っちゃってます。
http://ichiro-g.pro-blog.jp/2010/04/e447.html

未確認情報では、既に2人の日本人独立運動家が、中国側と接触をしているとのこと。

沖縄は今、彼らの目的達成のための舞台となり、沖縄の皆さんは踏み台となっています。