わたしの話は

時代や流行りに左右されない


その時代、枝や外界で起きていることを

声高らかに語る人たちは

今生の話をしている。

刹那の話をしている。


私は根性の、ゆえの話をしている。

もしも、生まれ変わりがあったとしても変わらない話を、伝えているのであるよ。


だからこそ

わたしの話に聞く価値がないという人たちは

彼らの話がドライフラワーみたいにしか保存できないという自覚がない

それを信じるに足る、と

聞いている皆さんも、

この世だけを

謳歌する覚悟と割り切りがあるなら

それで問題ない。


だって、誰も、生まれてくる前のことなんて

覚えていないでしょ。


銅像が立っていても、石碑に刻まれていても


気が付かないでしょ。

それが、

未来のために活動した当時の道しるべだけど

どんな気持ちで、そうしたか、

思い出すことはないでしょ。