たとえば過去に「苦しい」体験を

したことがあるとして、

 

「苦しい」を体験するだけでは

何も始まらないし終わりもしないから

 

「苦しかったね」と、

自分に声を掛ける。

 

 

 

ただ体験するだけじゃなくて

エネルギーチェンジが必要です。

 

 

単に体験するだけでは

そこからのエネルギーチェンジが

できないから。

 

 

 

正しいコトバを掛けて

エネルギーチェンジしておかないと

どうなるかと言うと、

 

いつまでも、何年経っても

過去のそのできごとへの恨みつらみに

執着してしまう。

 

 

 

相手がいる出来事であればなおさら

繰り返し思い出しては

一人で腹を立て、

 

嫌な気分をリピートしては

苛立って…。

 

 

相手はとっくに忘れているだろうに笑。

 

 

 

 

 

「その体験にふさわしい、適切なコトバをかける」

 

 

 

 

私の場合、

苦しかった過去のできごとに対して

「苦しかったね」と、

 

正しい声かけをしたときに

すーっと楽になりました。

 

 

「これくらい平気」とか、

「みんなこんなもんだし」とか、

「別にそんなに悪い状況じゃないし」とか、

 

そういう書き換えは要らなくて。

 

 

 

自分が苦しかったのなら

それがどんな些細なことで、

 

他人から見たらしょうもないことでも、

 

 

「苦しかったよね」

 

「うん、苦しかったね」

 

 

って、ドンピシャのコトバをかけたら

いいんです。

 

 

的外れの言葉で

ポジティブ変換していた感情を

まっすぐ見てみたらいいよ。

 

 

気にしないでいることも

できるくらいの小さな出来事ほど、

 

意外と正しい声かけができないまま

放置していて、

我ながらびっくりした。

 

 

 

小さなできごとだけど

ちくっと棘になって刺さったままのものとか、

ありませんか?

 

 

その棘は放置していたら

勝手に抜けるものではないんです。

 

 

 

小さな子どもに

「痛かったね」

「怖かったね」

と寄り添うときのように、

 

過去の自分に正味の声かけを

していく。

 

 

 

それができたら

エネルギーチェンジが叶います。

 

 

面倒だけど、避けては通れない道。

 

 

あわよくばこの過程をすっ飛ばして

近道できないものか?と

考えてしまいがちだけど、

 

 

自分の取扱説明書を知り、

 

癒されて安心して生きていくために

どんな棘も放置しないようにしようと思う。