流華を変えた言葉。
今日の京都は晴れ渡っててきれい。
かじゅが、ちょっとでも笑っていてくれてるからかな?
もう5年もたって流華もすごく変わったよ。
弱くって泣いてばかりだった流華はもういないのかも。
でもかじゅの作った曲がたくさん側で支えてくれる。
ずっと、中学も高校も大嫌いだったんだ。
ずっと苛められたあたしを見てみぬふりして。
あとから、都合良く友達面してふざけんなと思ってた。
流華、女友達は誰彼なく大嫌い。
苛めたヤツも、見て聞いて知ってるのに見ぬふりしたやつも、
多分、何でこいつやめないんだろうって思ってただろうね。
ずっと人嫌いで、ギター弾いてた時間だけが癒されてた。
ちょっとだけ、大好きなhideちゃんやかじゅに近づけた気がしてたから。
下に書く言葉が無かったら流華は変われなかった。
かじゅ、ありがとう。私が過ごす、今日一日はあなたに捧げます。
中学・高校とあたしが続けられたのは、この言葉のおかげです。
ラファエルの華月の言葉。
どんなに苦しくても続ける事、逃げない事、卒業はその喜びに全ての苦しみを忘れさせてくれる。輝く未来を与えてくれる。
ちょっとくらい苦しくたってつまらなくたってすぐに「やめる」という言葉を口走らないでほしい。
学校は人生に親切に用意された3段階の受け皿なのだ。
小、中学校では生きるにあたっての一般常識と集団生活というものを教えてくれる。
そこで揺るぎない夢が見つかり、それにその先の教育期間が不必要、
又は遠回りなものになるのならその先へ進む必要はない。
義務教育以降の教育期間の途中でそうなったらなら中退すべきだろう。
しかし、それにはやはり説得力を身につける必要がある。
そして、ただ何もなしに「つらい」「つまんない」との理由で学校を退めるのは絶対よくない。自分にとって。
例えば仮に退めたとしてその数カ月後、揺るぎない夢が見つかったとする。
そしてその夢には大卒の資格が必要だったとする。
そうなったらその人の人生終わりだ。後戻りは出来ない。
中退という文字は君に人生に消える事なく刻まれ、その人の評価となる。
まぁ何より恐いのが退めた後に見つかった夢に資格が必要だった場合だ。
その為に、人は学校へ行く。学校は勉強をするところではない。
勉強など暇つぶしに過ぎない。やりたい事、将来の道をさがす場所なのだ。
見つかる早さは人それぞれだ。一概に早く見つかった人が幸せとは言えない。
早く見つかったなら早く見つかったなりの苦しみがある。
総体的な人の持つ数値はみな同じなのだ。人のものは羨ましく見える。
そう考えてみれば学校、教育機関というものは将来が早く見つからない人の為に三段階も親切に用意してくれた受け皿と理解出来るだろう。
日本に生まれた以上学歴社会。本当に自分がやりたいのだったらくるしくないだろう。
もう一度考えてほしい。
Lost Graduation : Raphael
http://www.youtube.com/watch?v=VQYJD3zTOnE
ホントに天使になったかじゅ。
あなたが、今日も笑っていられますように・・・。
心から祈っているよ。
I'm sure how wonderful life is while you "are" in the world....