梟小品・思い出す事など

梟小品・思い出す事など

小品文の集まり。

更新は極めて稀ですが、短い物語など書く積りです。
御気軽にどうぞ。

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彼女は問う
「月が沈む間、兎は何をしているの。」
「月に兎はいないんだよ。」
僕はごく普通の答えを、ゆっくりと、一言一言噛みしめるように、言った。
いいえ、という微かな笑い声ともとれる声が聞こえた。
「月に兎は居るのよ。でも私が聞いてるのは、月が沈む間兎は何してる、ってこと。」
凄く真面目な顔をして尋ねてくるのだから恐ろしい。
「だから、月に兎はいないんだ。」
言い切らぬ内に彼女は言う。
「分かったわ。そんなに居ないと言い張るのなら見てみればいいのよ、ちゃんと居るから。」
返事に困っていると、彼女はそっぽを向いて帰ってしまった。


今日は満月だった。橙色の大きな盆がじわじわと天に向かって昇っていく。
やはり、なんの変哲もない月だ。兎も鬼も何も居ない。月に兎が居るというのは、月の海と呼ばれる色の濃い部分がそんな形に見えたからであって、夜空に大熊がいるだとか、彦星が織姫とどうこうだとか、そう言うのと大差ない。だから地域によっては人の横顔だとか、蟹だとか、兎の「う」の字もない呼ばれ方をしている。月に、兎など居ないのだ。


彼女は言う。
「月が沈む間、兎は祈りを捧げてるの。月がこれ以上小さくならないように。ほら、月って小さくなるでしょう、また大きくなるけれど。だから兎は住む場所がこれ以上小さくならないように祈るんだって。毎日、毎日。祈りは叶わない時もあれば、叶う時もあるみたい。不思議よね。いいえ、そこが不思議なんじゃないの。それに気付かない兎のこと。」
彼女は満足したような笑みを浮かべ僕の方を見た。
「兎、居たでしょう?」
「ああ、居たよ。」
思わずそう答えてしまった。然しそれ以外にどう答えれば良かったのだろうか。これが正解のように思えてならない。



彼女は、問う。