日記もブログも一緒だ
好きな事を書いていい と
言ってる人を時々見かけます。

それは直訳の意味が近いだけであって
性質は全くの別モノやと思いますよ。
別物どころか、正反対と言ってもええぐらいです。

weblogを略してブログと言いますよね。
webとはそもそもクモの巣という意味があって、
例えて、全世界へクモの巣のように張り巡らされた
通信網のことだそうです。
携帯サイトも同じです。

で、
本来なら家の机の中にしまっておくべき、
特定可能な人への怒りに満ちた日記帳』を
全世界に張り巡らされたその網に乗せる と考えてみたら。。

怖いですよねぇ。

でも、その
特定可能な人への感情ぶちまけ日記”を
平気で公開してるブログも
結構多いですもんねー。びっくりするわ。

もちろん自由です。何を書いても。
正直、嫌いなものとかムカついたことなんかは
家の日記帳にだけ書いとけや とも思いますが
同調してくれる人が1人でも居ると
すごく救われたりしますもんね。
実際に俺も何回か書いた事あります。

ただ、
特定可能な人の批判、噂をする時に限っては
慎重になるべきです。攻撃になり得るからです。
覚悟を決めた上で更新ボタンをクリックすべきです。
対象になった人物や、対象物に携わる人たちが
それを目にしてどう思うか、自分がされた時どう思うか
取り返しのつかない事態にならないか
そういうことを充分に考えて想像できる人、記事しか
世に出してはいかんと思うわけです。俺は。
特にデジタルのストレス発散なんて、すっきりするのは自分だけですからね。
一時の感情ほどタチの悪いものはないです。


好きに書いていい
というよりは
好きは書いていい
と、僕がまだ3年足らずのこのブログで
学習し(てしまっ)た事です。

好きの意味が違います。

不思議ですよねぇ、
前者の“好き”には
嫌いも大嫌いも含まれるんですもんね。

個人ブログだろうが
オフィシャルブログだろうが関係なく、
渡り歩く網は同じなんです。

試しにこのkiyo風呂の右下にある
検索で、「嫌い」を入力してみて下さい。
俺、ほとんど嫌いなもの書いないんです。

覚悟でけへんからです。

覚悟できたのは

「イタリアンのガーリック」と「ゴキ○リ」

あと、「自分」だけ。(充分書いとるやないか)

あ、
「イタリアンのガーリック」は
最近大丈夫になりました。


まぁ、なぜ今回はこのような事を書いたかというとですね


この前、
頭に白いパンツをかぶって
腹と下半身丸出し(パンツ着用です)で激しくダンスする
という動画を、自分でAmeba Visionにアップした
という、衝撃的な夢を見て
寝汗まみれで目覚めたからなんです。

私だけが知っている、
ウソっぽいけど本当の話です。


俺の欲求なんてそんなもんか。。

そんな変態が、エラそうに書いてごめーんねー


この記事、自分への喝であります。

(この記事、何日もかかった。。。)

+ + + + + + + + + + + +

補足。


あくまでも

『感情的に批判をする』という記事についてですよ!


“愚痴も他愛もない話も”、特定できない対象なら
それもアリかなと思ってます。

誤解しないで下さいよ!

誤解させるような文章書くなってな。。

すんません。