ジャンママです。
私が沖縄旅行に行く理由。
「沖縄の戦争で亡くなった方に手を合わせるため」
これが、1番の旅行の目的なんです。
もちろん、南国🌴の沖縄で、シークワーサーやサーターアンダギーや、沖縄そば、タコライス🌴🌺✈
マリンレジャーや、綺麗な珊瑚の海𓇼𓆡𓆉 ⋆
美ら海水族館で可愛いジンベイザメさんや、
マンタを観るのもあります。
が、私には行かなきゃならないのです。
皆さんは「沖縄の第二次世界大戦」を聞いた事は
ありますか?
日本中が空襲にあい、防空壕がありとあらゆるとこにに掘られ、焼け野原になった日本。
その中でも、唯一、上陸戦になった沖縄。
アメリカ🇺🇸軍が海を覆い尽くし、日本の色々な所から沖縄に軍が集められ、戦っては敗れ……
民間人もどんどん殺された沖縄……。
空からも海からも陸からも攻め込まれ、行き場を無くした沖縄の人々は、
アメリカ軍に捕まったら
どんな殺され方をするかわからん……
と、防空壕として利用していたガマ(自然にできた洞窟)で、子供を自分の手で殺し、自分もそこで死ぬという人々が後を経ちませんでした。
焼け野原だと思っていた場所は死人の山……。
性別をわからんくらいに焼け焦げた人が無造作に積まれ、異様な匂いを放ち、そこを親を探す子供が泣きながら歩く……。
ガマでは、暑さに耐え、病気になっても、ご飯が無くても、外には出られない。
まだ息はあるけど、傷口からはウジがわく人さえいたといいます。
沖縄の女性は、昔、名前に台所用品の名をつけると幸せになると言われていました。
だから、「釜」「ナベ」などの女性が多かったです。
これはわからんが前にガイドさんから聞いたお話し。
ガマで戦争が終わり、ここから生きて出られるのを待っていたおばさんがいました。
いつまでもずっとガマでひたすら耐える日々、
外にアメリカ軍の気配……、
もうみんな死ぬんだ……だめなんだ……
そんな時にアメリカ軍が大きな声で、ガマに向かって
「CameOn カモン」
と言ったそうです。
すると、1人のおばさんが
「私の名前を呼ばれたよ……なんでアメリカは私の名前知ってるんだ……」
そのおばさんの名前はカマさん。
カモン が カマ
に聞こえ、
「私が出てけばみんなは助かるかもしれん。
私が犠牲になればいいんだ。私がここから出ていくよ。さよならみんな」
と、ガマを出て行きました。
すると、もう沖縄にいるアメリカ軍は日本の敗北を確信し、沖縄の一般人を殺害することは無くなっていたそうです。
カマさんは、1人、ガマから両手を高くあげ、片手に白布を振りながら、アメリカ軍に向かって歩いて行きました。
すると、アメリカ兵が
「あなた達を殺したりしない。怪我は無いか?」
「中にいる人を外に連れて来てくれ」
とカマさんに頼み、もう死ななくてもいいよ!
とカマさんに続いてそのガマにいた人は全員、
助かったそうです。
傷口にドバドバと消毒液をかけてもらい、綺麗な包帯で手当を受けた人、食事をたくさんくれた米兵。
アメリカ軍だって、好きで人殺しをしているわけじゃありません。国の命令で日本人を殺しているのです。
もう、武器も無い女子供を殺してなんになる……。
隣のガマはみんな手榴弾で自害していった……
もっと早く外に出ていたら……
アメリカ兵に殺されたか、生かされたかは
分からないけど、カマさん達は確実に生き残った。
ただ、それを不名誉だと思って言わない人が多かったのは確かです。
憎いアメリカ軍に助けられ事は
まだまだ言えない時代が続いて、アメリカから日本に沖縄が返還された時、おばあちゃんになった
沖縄の方(おばぁ)が語った実話です。
だから私は沖縄旅行には、南部の糸満の方に行かない沖縄旅行は考えられないのです。
亡くなった人に手を合わせに行くのです。
日本人ならば、1度は行って下さい。
そして、平和祈念公園で、平和の碑(いしじ)
にどうぞ花を手向けて下さい。
6/23
沖縄にとって大切な日。
どうか忘れないで
今、世界では戦争があります。
ウクライナとロシアです。
領土の取り合いの醜い戦争です。
ホントに止めて欲しいです。
誰の為?
何故?
人がこの戦争で死ぬことがなんなのか……。
憎しみしかない戦争を助長してはいけない。
日本も反撃能力のある兵器を持つなど、言語道断です。
ならば、原子炉を全て無くせ!
攻撃されたらひとたまりもない原発はいらない!
何故?
人は過ちを犯しますが
戦争はバカでもいい事じゃないくらいわかる。
もう、やめよう……。