2年前、完治しそうなぐらいにコロナが流行りだし病院へは疎遠に。


体力使う仕事をはじめたら一気に爆発した。


右足の痛風

治ったと思ったら

左足の痛風


8時間働いてトイレ1回も行かないなんてことはほぼ毎回。


汗がすごい。

絞れるぐらいの汗。


不純物が排泄されないので蓄積されて

体がどんどんおかしくなっていった。


2年ぶりに病院へ行ったが

予想通り検査結果はアウトな内容。


しばらく薬と注射。


体も大事だがお金がやばいよね。

昨日で兄貴が亡くなって百か日。



若すぎる死だ。
4月20日。
その日自分は疎遠だった先輩と熱海に一泊二日の旅行へ行く日。
地元から新幹線に乗る直前に母親から
「兄が倒れたから病院に行ってくる」とLINEがあった。
兄貴は現場職ともありよく熱中症やらで病院に行ったりするのがあったので正直いつものことか。
ぐらいの感覚だった。

熱海に到着し、お昼を食べようと地元で有名なラーメン屋に並んでる時にふと、兄貴どうだったんだ?と気になり母親にLINEをすると、

「亡くなった」と。

???

意味がわからん。正直何が起きたのかわからず。
「倒れたから病院」
現場で事故にあい病院とは意味が違う。

何の前触れもなく亡くなったの文字。


亡くなった時間と、

ふと気になり連絡した時間が一緒。。。

虫の知らせと言う言葉が本当にあるんだと実感した。



すぐに電話した。
大動脈破裂。
いつどのタイミングでなるかわからない病期。

先輩と熱海についたばかりだ。
20年近く疎遠だった先輩と当時約束してた旅行。
すぐには言い出せなかった。

先輩にちゃんと伝えたのは朝方のホテル。
新幹線を昼にしてもらえないかとお願いした。
時間を計算し、通夜が始まる前に帰りたいと。
葬儀会場の紙が写メで送られてきた時、少し現実的になってきた。

前日も数時間しか寝てなかったが頭の中がグチャグチャで一睡もできず、朝が来た。

礼服がない。
買うお金も足りない。
先輩に頭を下げた。

地元につくなりすぐその足で礼服を買いに行った。
先輩もすごくフォローしてくれた。

先輩の家から自分の車に飛び乗り、20分ほどかかる道のりの中、正直早く会いたい気持ちより、現実と向き合いたくない気持ちの方が強かった。

通夜、葬式はあっという間だった。


みな帰った通夜の夜

1度風呂に帰ったついでにギターを持ち、

一緒にやった思い出の曲

Dreamin'

兄貴が好きだった

GLORIA

自分からは

Brotherhood


爆音で弾いてあげた。




なにより子供達。


強いなって思った。



自分より先に逝った息子。母親は辛いと思う。

そして、死ぬなら確実に持病を持ってる自分が兄貴より先に死ぬと思ってた。
裏切られたよな。

ずっと現実を受け入れなかったが、この百か日で少しずつ向き合えるのかなと思った。

自分がギターを弾くきっかけは兄貴。
音楽の影響も兄貴。

生まれて初めてやったライブも兄貴とだった。


死ぬ前に1度だけでもライブやりたかったな。
お互いおっさんになってあの頃みたいに兄貴のベースの横で演奏したかった。
それだけが1番の悔いかも。
早いもので。
 
 
 
 
昨日で一匹の愛猫が亡くなって一年。
 
もう一匹の黒い方はまだまだ元気だったからやっぱり病気で死んじゃったんだなって思った
 
 
 
さすがに20年以上も生きてりゃ老いが出てくる
 
 
 
 
 
暖かくなってきてのんきに寝てるけど
 
 
こいつ
 
 
 
もう完全に耳が聴こえてないみたい
 
 
 
 
 
 
長生きしてくださいな熟女