南部せんべいは白せんべいに限るのだ!
南部せんべい。
小麦粉を原料にしたせんべいの一種で、八戸藩に代々伝わるせんべいである。
「ウマウマ」
とは声に出して言っていないが、背後にそんな効果音がつきそうなほっこり顔でせんべいをほおばる母さん。
母さんが食べているのは南部せんべい。
青森県八戸市出身の母は、この南部せんべいを食べて育ったという。
「南部せんべいはやっぱり白せんべいに限るのだ!」
食通ならぬ南部せんべい通を気取っている母さんはそう語ってくれた。
南部せんべいはスタンダードである白せんべいの他に、ゴマやピーナッツを練りこんだものもポピュラーだ。
さらに、イカやリンゴ・かぼちゃなんかを練りこんだ変わり種まである。
でも母さんは白せんべい以外は認めないという。
僕はピーナッツが入った方が好きだけどね。
南部せんべい好きな母さんだが、格段美味しいものだとも思ってないらしい。
「母ちゃんの家はとにかく貧乏だった。
お米がない時は、この白せんべいをご飯がわりにした事もある。
母ちゃんが南部せんべいを好きなのは、おいしさ半分と懐かしさ半分。
他の地域の人がおいしく食べるようなものだとは思ってないのだ」
B級グルメなるものが流行っている昨今、南部せんべいを用いた「せんべい汁」が出てきたことについて、母はこう語る。
「母ちゃんも白せんべいを味噌汁に浸してよく食べたもん。
おいしいからって訳じゃなくて、それしかバリエーションがなかったからかな。
なんか今、せんべい汁って名前のB級グルメが出てるけど、昔はそんな名前は付いてなかった。
そもそも、そんなオシャレなもんじゃないのだ!」
と熱弁しながら南部せんべいを頬張る母さん。
うちの近くで南部せんべいを買おうとすれば、おそらくアンテナショップや物産展に行かなければ売ってない。
でも、どういう訳かうちにはいつも南部せんべいが置いてある。
母の地元の友人が、りんごや野菜と一緒に定期的に送ってくれるからだ。
そして母さんは送られてきたせんべいをタンスに隠して(?)独占して食べている。
「安心してください。隠さなくても誰も食べませんから」
そう言いたいが、地雷は踏みたくないのでまだ言ったことはない。
そして、ちょっと機嫌が良い時は大事に食べている南部せんべいを分けてくれたりもする。
「仕方ない。母ちゃんのお宝を分けてやるのだ」
何が「仕方ない」のかはわからないが、そこに触れないのが大人だと僕は思っている。
もう一度言うが、母さんが好きなのは原材料が小麦粉だけの白せんべい。
大抵はもらうことにはしているが、素っ気ない味なのですごく食べたいものでもない。
気が乗らない時は、遠慮する事にしている。
すると、どういう訳かこうなる。
「いらんだと!
母ちゃんの懐かしの味を馬鹿にするのは許さん!
これが母ちゃんのルーツなのだ!」
食べないと馬鹿にした事になるらしく、ピャーピャーわめきだす。
どうやら僕には食べるという選択肢しかないらしい。
「いただきます」
ボリボリ…
うん。素朴な味だ。
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