#029 砂嵐の中のヤンゴ
何でなのかはわからないけど、
夜9時以降は、外に出ちゃいけないと言われていた。
理由はわからなくても、その言いつけに逆らおうなんて、一度たりとも思ったことはなかった。
だって、夜はおばけが出る時間なんだもん。
どこもかしこも暗くて、どこにおばけが隠れているかわかったもんじゃない。
小学校2年生の頃のボクの話です。
ある日の夜、トイレに行きたくなって目が覚めた。
お父さんもお母さんも寝ている時間だったから、0時を回っていたと思う。
そして、トイレで用をたしてから出てくると、台所の窓から月の光がやけに強く入っていることに気がついた。
何でだろう、足は自然と玄関に向いていた。
まるで月の光に導かれるかのように。
「ガチン、ガチャ」
かぎを開けてドアを開くと、月の光が入ってきた。
ボクはたぶん、何も考えていなかったんだと思う。
そのまま、月の光の世界に一歩ふみだした。
こんな時間におもてに出たのは初めてだった。
思っていたよりも深夜の世界は明るい。
けれども、視界が悪いことに変わりはなく、視界がジリジリして遠くのものがはっきりと見えてはくれない。
まるで、テレビの砂嵐を見ているみたいだ。
ボクは手を顔の前にもってきて、振ってみた。
お昼みたいにスムーズには見えてくれなく、セル画を減らしたモノクロ映画みたいに映った。
ボクはドアのすぐ前に立っていたけれど、2メートル先の道路まで出てみた。
大丈夫だ、思ったよりも怖くない。
道ばたの小石だって、月の光がちゃんと照らしてくれていた。
そのまま10メートル先の十字路まで出てみた。
ここはボクがいつも走り回っている道。
だけど、どう見ても同じ道には見えない。
だって、昼間に見るよりも広く感じるんだもん。
とにかく静かで、
周りの空気が止まっていて、
世界にはボクだけしかいない。
そんな気がした。
何だかボクが知っている地球じゃないみたいで、怖くなってきた。
そう思うと、今まで何とも思っていなかった近くの物陰が、とたんに気になってきた。
そう、夜はおばけが出る時間。
足はすくんでいた。
家までは10m。
ゴールは見えているけれど、すごく遠く感じる。
ボクは物かげを気にしながらも、家の位置を何度も確認した。
そして、心の中で5秒数えて、0と同時にゴールまでわき目もふらずに走った。
こうしてボクは、砂嵐の世界から逃げてきた。
「夜はおばけが出る時間」
そんなことをすっかり忘れた僕は、すっかり砂嵐の住人になってしまった。
今では、夜の視界の悪さなんて気にもとめない。
繁華街に行けばネオンがまたたき、おばけの存在なんて微塵も感じさせてはくれない。
そんなことを考えていると、何だか今日の街のネオンは、“人の目からおばけを隠すために光ってる”ように見えた。
↑ポチッと応援お願いします☆