8月の旅の備忘録~⑨
行くぜ、東北。
8/26、雨。もう⑨だけど、やっと3日目のレポが始まります。
気仙沼を出発し、BRTで志津川へ。
志津川と聞いても?かもしれないけど、南三陸町と聞けばわかるはず。
赤い鉄骨の防災庁舎跡が、当時の様子を物語っています。
南三陸町もとても海抜が低いところに街の中心部があったので、全てを海に持っていかれた土地。
でも土地の人の、海とともにこの地で生きる、という覚悟にはものすごいものを感じました。いち早く復興商店街が整備されて、観光で訪れる人もたくさんいます。ここもコミュニティができています。
そしてみなさん、ご存じですか。南三陸町にはモアイがいるのです。
モアイ像は、チリのイースター島(ラパヌイ島)の巨大な石像。なぜこの地に??
1960年のチリ地震のとき、その津波は南三陸町にまで届き犠牲者を出しています。その復興シンボルとして造られたモアイ像は長年街を見守っていたけれど、東日本大震災でモアイは倒れてしまいました。
日本がイースター島のモアイ像保全活動に協力していたこともあって、この度イースター島の石で造られたモアイが南三陸にやってくることになったそうです。ざっくり話すとそんな感じ。
遠くから復興を願ってくれる人がいるのは、とても心強いことです。
南三陸さんさん商店街はとても賑わっていました!土曜日だからか、ゆるキャラが集結していて家族連れもたくさんいます。
海鮮丼がものすごくおいしくて、実家にたくさんのお土産をクール便しました。これもひとつの支援。
もともと街の商店街にあった鮮魚店、練りもの店、乾物屋、お菓子屋、文房具屋などが軒を連ねています。
どの店も、土地に根を下ろして胸を張って商売をしていたのが印象的でした。
#東日本大震災 #被災地 #旅 #写真 #さんさん商店街#南三陸町 #イースター島 #モアイ像
行くぜ、東北。
8/26、雨。もう⑨だけど、やっと3日目のレポが始まります。
気仙沼を出発し、BRTで志津川へ。
志津川と聞いても?かもしれないけど、南三陸町と聞けばわかるはず。
赤い鉄骨の防災庁舎跡が、当時の様子を物語っています。
南三陸町もとても海抜が低いところに街の中心部があったので、全てを海に持っていかれた土地。
でも土地の人の、海とともにこの地で生きる、という覚悟にはものすごいものを感じました。いち早く復興商店街が整備されて、観光で訪れる人もたくさんいます。ここもコミュニティができています。
そしてみなさん、ご存じですか。南三陸町にはモアイがいるのです。
モアイ像は、チリのイースター島(ラパヌイ島)の巨大な石像。なぜこの地に??
1960年のチリ地震のとき、その津波は南三陸町にまで届き犠牲者を出しています。その復興シンボルとして造られたモアイ像は長年街を見守っていたけれど、東日本大震災でモアイは倒れてしまいました。
日本がイースター島のモアイ像保全活動に協力していたこともあって、この度イースター島の石で造られたモアイが南三陸にやってくることになったそうです。ざっくり話すとそんな感じ。
遠くから復興を願ってくれる人がいるのは、とても心強いことです。
南三陸さんさん商店街はとても賑わっていました!土曜日だからか、ゆるキャラが集結していて家族連れもたくさんいます。
海鮮丼がものすごくおいしくて、実家にたくさんのお土産をクール便しました。これもひとつの支援。
もともと街の商店街にあった鮮魚店、練りもの店、乾物屋、お菓子屋、文房具屋などが軒を連ねています。
どの店も、土地に根を下ろして胸を張って商売をしていたのが印象的でした。
#東日本大震災 #被災地 #旅 #写真 #さんさん商店街#南三陸町 #イースター島 #モアイ像


