-決断の一番の理由となったのは。
「いろいろあるし、この1年のことだけではない。ただ(決断するのは)今しかない、とも感じた。このタイミングを逃すのはどうか、と思った」
-マリナーズの4年間を振り返って。
「素晴らしいスタッフに恵まれた。イチローさんと一緒にプレーしたこともすごく勉強になった。(今回の決断について)家族以外で最初に話したのはイチローさん。僕のよき同僚というだけでなく、よき理解者、よきコーチであり、お兄さんのような存在でもあった。素晴らしい技術、姿勢。すべてにおいて僕の手本」
-かつてプレーした福岡の地元ファンへの思いは。
「何も変わらない。ただ(今後について)希望はあっても、自分だけではどうしようもない部分もある」
-次はどんなチームに入りたい。
「この2年間は(思うように出場できず)悔しい思いをしている。ゲームに飢えている自分を一番暴れさせてくれるチームですね」
城島移籍先は「白紙」 任天堂に感謝の手紙も
城島が加入してからはベンチで2人で話し合う姿がよく見られた。2人は単独で戦っているとつい忘れがちな日本の野球の良さや価値観をあらためて確かめ合う同志でもあった。それだけに最近は不振でベンチを温めることが増えた城島を心配していた。「ただこの2年間、ジョーの悔し涙を何度も目にしてきて、いろんな思いがあるのだろうと想像していました」との言葉に実感がこもっていた。(共同)
マリナーズ・イチロー外野手の話
「(城島退団に)突然クラブハウスからいなくなってしまうことが寂しいです。ただこの2年間、ジョー(城島)の悔し涙を何度も目にしてきて、いろんな思いがあるのだろうと想像していました。難しい決断であったと思いますが、その決断がいかなるものであれ、ジョーが前に進んでいけるものであると信じています。僕の中の生涯のチームメートであることに変わりありません」(共同)
城島マリナーズ退団!5年ぶり日本復帰へ
球団によると、城島は2008年4月に結んだ総額2400万ドル(約21億円)の3年契約が2年残っていた。家庭の事情などがある場合は、契約を解除できる条項が盛り込まれており、家族や友人のいる日本でプレーするために退団を申し出た。単純計算でも2年14億円の高条件をなげうっての決断だった。
城島は05年秋にマリナーズと3年総額1650万ドルで契約し、06年から日本選手では初めての「大リーグ捕手」としてプレー。1年目にア・リーグ新人捕手としては最多の147安打を記録するなど攻守に優れた捕手として評価された。しかし、今季は太もも肉離れや左足親指骨折などで71試合出場にとどまり、打率.247、9本塁打、22打点だった。
城島は球団を通じて「帰国して日本での野球を再開しようと決断した。家族と友人の近くでプレーするということが大きな要因だった」などとするコメントを発表した。
イチロー惜別、城島は「生涯のチームメート」
マリナーズ・イチロー外野手の話
「(城島退団に)突然クラブハウスからいなくなってしまうことが寂しいです。ただこの2年間、ジョー(城島)の悔し涙を何度も目にしてきて、いろんな思いがあるのだろうと想像していました。難しい決断であったと思いますが、その決断がいかなるものであれ、ジョーが前に進んでいけるものであると信じています。僕の中の生涯のチームメートであることに変わりありません」