日本のエネルギー政策(原子力発電)20230704
私は、高校生の時(1970年後半)、何か世の中のためになる仕事を成し遂げたいと考えた。最初は、癌の治療薬を見つけたいと思って、医学部を目指すも、どうしても、合格できるまで成績が伸びなかった。何をしたいのかが分からず、一年間、浪人し、自分にできそうなことを高校生なりに考えた。
当時、石油が、30-40年後に枯渇すると言われており、原子力発電が代替技術となると考えられていた。原子力発電では、ウランが使われている。ウランには、ウラン235(自然界での存在割合 0.7%)とウラン238(自然界での存在割合 99.7%)が存在し、エネルギとして利用できるのは、ウラン235であり、これを濃縮して約3%にして、原子力発電の燃料としていた。ウラン235も限界があるが、当時の新技術である高速増殖炉を使えば、自然界の99%以上存在するウラン238もエネルギをして利用できることを知り、この研究開発に取り組みたいと思って、原子力関連の学部に入学した。
入学後、在籍した大学では(当時はどこも同じかもしれないが)、大学の先生方は、高速増殖炉は、もう開発段階だから、大学では、核融合炉を目指していると、言われたことを今でも覚えている。将来、高速増殖炉の研究開発をしている組織で働きたいと思っていたが、狭き門でなかなかうまくいきそうになかった。
高校時代、予備校時代に考えていたこととのギャップもあった。当時、半導体産業で、多くの貢献ができそうだったので、その方面の企業にお世話になり、30年以上、研究開発をさせていただいた。自分では、一生懸命やったのだが、思うような成果は、あげれなかったが、ある程度満足している。
福島原発の事故後、日本の原子力発電所の稼働は以下に示すようにほとんど、とまってしまっている。岸田首相が原発の再稼働に向けて検討を指示されたことはとても、喜ばしいことである。これから、自分自身が原子力発電について調べて、ここで紹介したいと思う。
東日本大震災の発生前、日本には54基の原発があり、日本で使う電力の30%前後を原子力で賄っていた。しかし、東京電力の福島第1原子力発電所の事故により、原発に対する不信感や不安感が強まり、原発の位置づけは大きく変わった。
事故から11年以上が経過した2022年6月時点で地元の同意を得て再稼働した原発は大飯(関西電力)、高浜(関西電力)、美浜(関西電力)、玄海(九州電力)、川内(九州電力)、伊方(四国電力)の6発電所の10基のみ。西日本エリアに集中しており、いずれも事故を起こした福島第1原発とはタイプが異なる「加圧水型」だ。
福島第1と同じ「沸騰水型」では、女川(東北電力)、柏崎刈羽(東京電力)、東海第2(日本原子力発電)、島根(中国電力)が新規制基準に合格しているが、いずれも再稼働に至っていない。
また、東日本大震災以降に廃炉が決定した原発は21基に上る。
以上

