どれくらい視聴率がいったんだろう。
アイシテルー海容―
小学生が小学生を殺してしまうというセンセーショナルな内容だけに興味本位な視聴率を誘うだけのドラマかと思っていた。
アイドルスターのいないドラマ、朝から晩までの番宣もない。
友人がみると云っていたから忘れていなければ、最後の方は録画してみた。
簡単にいってしまえば母の気持ちが痛いほどしみた。
ほかの感情は関係なく被害者側と加害者側の母の気持ちがずっしりきた。
もし自分の子供が殺されたら間違って殺されたのだったらまずとてつもなく悲しい。
加害者を憎むか?悲しみの矛先のもって行き場がなくて憎もうとするのかもしれない。
でも憎んだところで自分の子供が帰ってくるわけではないし憎む行為の自分の負の気持ちがいやだ。
将来性が全くない。
加害者の母になったらどうか?
被害者にはとてつもなく申し訳なく思う。
それでもなお自分の子供に1%でも生きる道があるのなら生きていくことを許してもらいたいと思う。
二人の母の手紙にはそういう感情があふれて胸がいっぱいになった。
結末も大いに納得できるものになった。前向きな話だったし一種ハッピーエンドだった。
にたような感情が臓器移植と脳死にはある。
いつまでも臓器の提供を海外に頼るというのは図々しいだろう。きっと国内にだって臓器の提供を待っているだろうにお金を出すからと日本人が横入り的に行っていいものだろうか。。
じゃあ脳死だという子供を持ったとき呼吸もしてるし心臓も動いているのに見捨てるこどができるんだろうか。
いつか医学が進歩してそんな子が助けられるまでこのままにしておきたいと願うのではないだろうか。
かといって何十年も器械に生かされて呼吸をし続ける肉体が新たに生きられる他の子供たちの臓器になるんだったらその方が価値があるだろうと思い切れてしまうのは健康な人間のおごりなのだろうか。。
もっと突き詰めればそもそも命を継ぎ足すことは神の領域を侵犯すること何じゃないだろうか。。
テレビドラマの世界は納得できようが不満だろうが終了すればそれまでだが答えがでないこともある。
何かを正解だとはっきりいえる人はいるんだろうか。結論が持てるというのは思考を止めてしまったせいではないのか。。いろいろ思う。