私の父が今月初めに他界しました。

84歳でした。


去年10月下旬にパーキンソン病を患っていることが判明して、

薬を服用し始めたら嘘みたいに元気そうで

ヨタヨタ歩いていたのにしっかり歩き

何も飲み込めなかったのが普通食を完食できるようになり

4月には入居している横須賀の施設から横浜に同窓会に参加するため、

バスと電車を乗り継ぎ、付き添いなしで1人で移動して

5月2日の誕生日祝いは私達子供家族と母と楽しく過ごしていました。


が、5月下旬に施設の訪問医から連絡があり

「肌が黄色くて黄疸かも?」

ということで横須賀の大きい病院を受診することになり、私も付き添いました。

そこでいきなり入院病院

実は膵癌にかかってそれが肝臓に転移し

ステージⅣで手術できない状態。

ただ、それより問題は癌により発症した閉塞性黄疸をなるべく早く治療しなくてはならない。

ということでした。

早く治療しないと1カ月以内に多臓器不全になると言われガーン

胆管につまりがあって胆汁が排出されていないことがわかったため、

内視鏡などを使った施術を何度か行ってきました。

結構大変でしたが、ある程度進展があり、

最後の施術をしている時に

誤嚥性肺炎を引き起こしてしまい

それが原因で1週間後に息を引き取りました。


誤嚥性肺炎を引き起こすかもと言われた翌日の昼、リンリンと出先にいる時に呼び出され

「会わせたい家族を全員呼んでください」

と言われて、焦って出先から駆けつけ

着いてみたら

体調は落ち着きを取り戻していてホッとしました。

そこで私の家族と弟の家族全員とじいじは直接話すことができました。

それでも体調がいつ急変するかわからないので、その土日は弟と病室に泊まり込みました。


家族全員と話した後、

やっぱり頑張ってしまったのか

体調がより悪くなってしまい

息が苦しそうで

とても我慢強い父が痛がって

入院して以来「病室が寒い」と言っていたのに暑がり、汗をかいていました。


それでもその土日を乗り切り、

逆に私達の方が体力が参ってしまいそうだったので、

病院の人にも言われて

夜帰りました。


週が明けて月曜日から金曜日まで

毎日朝5時に起きて車で横須賀の病院へ

帰りは面会時間の終わる8時までいて

この後急変したらどうしようと思いながら

帰っていました。


父の息苦しさと痛みはどんどん増していき

「この痛みから解放されたい」

と、私が知っている中で

人生で初めて父の弱音を聞きました。

私も普通の人よりは我慢強い方だと思っていますが、父は本当に我慢強い人で

そんな父が我慢できない痛みってどんだけの痛みなんだろう?と震えました。

医師から強い痛み止めの提案をされ、

余命が短くなることも言われました。

それでも父の思いを優先することにしました。

痛み止めはなかなか効かなかったのですが、

翌日の朝には効いてきたようで

それまでが嘘のように熟睡していました。


その後で父と会話することはもうできませんでした。


その後二日間はほとんど眠っているようでした。

午前中は脈拍が乱高下したり不安定ですが、午後はモニターの数値を見る限りは落ち着いていて

この状態がどのくらい続くのかなと思っていました。


翌日、午前中に体を綺麗にしてもらった後、

目を開けていました。

ただ、話しかけても答えることはなく、

たまに唸ったりしていました。

看護師さんから

「息子さんは仕事の後来れそうな感じですか?」

と聞かれ、平日だし仕事あるから無理そうだろうという話をしていました。

この時は私も1週間の疲れがピークに来ていて夕方には帰ろうかなと思っていたのですが、

「娘さんは夜までいられるんですね!」

と言われて、いた方がいいかな…と思っていたところ、その時は突然起こりました。


夕方5時になる頃から不正脈やら不安定な状態になってきて、看護師さんから

「息子さん呼んだ方がいいかも」

と言われて弟に連絡した後、病室に戻ると

脈拍も血圧も落ちてきていました。

私は必死に声をかけました。

でもこれが限界なのかもしれないと思い、

声をかけながら今までの感謝の思いを伝えていたら、父の目には涙がたまっていました。

そしてその後、何かに吸い込まれるように息を引き取りました。


誰かを看取ったのは初めてのことでした。

誰もいなくなった病室で1人で泣きました。


弟に連絡して30分後に弟が到着して

担当医師が臨終を告げました。


それから父の体に刺さっていた管をとる作業が行われ、

その後で体を綺麗にして顔にはほんのりお化粧をしたあと霊安室に運ばれ

葬儀会社が到着して遺体を預けました。


ここまでで3時間。

あっという間に事が進みました…

その後でヘロヘロになりながら

とりあえず夜ご飯食べようということで食べて

朝来た時と同じように高速を運転して帰りました。

事故を起こすんじゃないかと心配になりましたが、なんとか帰りつきました。


帰ったら、リンリンがギャン泣きでした。

じいじが亡くなったのがよっぽどショックだったのでしょう。

ミッフィはショックなはずが実感が沸かないと言っていました。


パパがいうには

「じいじがうちに来たっぽい」

とのこと。

ありえないような突風が窓から吹き込んだと思ったら、虫が一緒に入ってきたというのです。

私が帰ってきてよく見たら、カーテンに結構大きなカナブンが止まっていました。

なんだか申し訳ない気もしましたが、

外に離してあげました。


いろんなことが起きて

途中泣いたりもしたんですが、

頭が疲れて悲しみを感じることもままならないまま、眠りにつきました。