通称、芸娼妓解放令について考える。これは公娼制度のこと。
赤線地帯と言われる、現在でいえば風俗街で女性たちが様々な事情を抱えながら自身の体を売り、金を稼ぐ。そんな女性たちの過去を赤裸々にも、恐ろしく描いたのが溝口健二監督の遺作『赤線地帯』(1956)だ。



当時のキネ旬ではベスト10入りすることはなく、なんと12位。木下、小津、成瀬…と並ぶなかになんと溝口は入っていない。これは驚き。そういえば某教授も「今この年の作品群に順位をつけたら私的、成瀬、溝口、小津…といった具合ですかね。成瀬の『流れる』なんか大傑作ですからね」と言及していた。完全同意。木下恵介の『太陽とバラ』は観たことがないためなんともいえないが。ちなみに、56年のキネ旬はベストは以下の通り。

  • 1.真昼の暗黒
  • 2.夜の河
  • 3.カラコルム
  • 4.猫と庄造と二人のをんな
  • 5.ビルマの竪琴
  • 6.早春
  • 7.台風騒動記
  • 8.流れる
  • 9.太陽とバラ
  • 10.あなた買います
  • 11.あやに愛しき
  • 12.マナスルに立つ
  • 13.嵐
  • 14.黒田騒動
  • 15.赤線地帯
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前文はこのくらいで。

早速、問題の『赤線地帯』について。話は序文で述べた通りだ。売春防止法により閉鎖される吉原邸宅の「ゆめの里」で働く女たちを描く。若尾文子様(私的アイドル)に、木暮実千代、京マチ子、三益愛子…といった看板女優ばかりの顔揃い。なんといっても、『祇園囃子』でのあどけない若尾文子が大人の女(悪女)の顔に変貌していることにさすが文子様…と。

それはそうと本作は非常に恐ろしい。85分という尺でありながら、5人の女たちが体で金を稼ぐことになったその過去をしっかりと映し出している。ミッキー(京マチ子)は実は貿易業をやっている父の娘でありながら金の為に父をも誘惑する。やすみ(若尾文子)は、小菅の刑務所に収容されている父の保釈金30万円を稼ぐため、ゆめこ(三益愛子)は一人息子と暮らすため、はなえ(木暮実千代)は夫と子供を育てるため…と、凄惨な過去から、願望を叶えるためと様々だ。こんな複雑な5人の過去を端的に且つ、濃密に魅せる。ここは溝口健二の手腕だ。

そもそも1956年という年は冒頭でものべたように、売春防止法が公布されようと審議されていた年だ。そんな年にまさにリアルタイムで本作を撮っている。日本は江戸時代から売春をする遊女の存在が甚だ目立っていたため、芸娼妓解放令が出されたが完全に売春が禁止されていなかった。だからこの年に至るまで曖昧にされてきた。それがこの年、完全に売春禁止とされた日本にとって重要な法の執行でもある。


芸娼妓解放令、いわば公娼制度…など口にするだけで私はなんとも腹立たしい気持ちになる。大金を得るための最終手段…としてあることに。決して私はフェミニストではないが。

貧困のため金を稼ぐために両親に勧められ、赤線地帯に踏み入れた少女のラストショットが忘れられない。彼女の視線はどこへ向かうのか。そして売春の醜さ、憎い快楽を歯を食いしばりながら得る女たちに何とも言えない虚しさを覚える。