大白蓮華 2016年3月度 座談会御書 -背景と大意- | SHInのブログ

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-一生成仏抄(いっしょうじょうぶつしょう)-

◇本抄は御真筆が現存しないため、執筆の年次や宛先は不明ですが、建長(けんちょう)7年(1255年)に著され、富木常忍(ときじょうにん)に与えられたと伝えられています。

題号の『一生成仏』とは、凡夫が、この一生のうちに成仏するということです。

本抄では、この一生成仏の要諦である『唱題行』の意義について、法理と実践の面から明らかにされています。

まず、南無妙法蓮華経の題目を唱えることが、最高の覚りの境地を得る直道であることを示されます。

ただし、題目を唱えていても、自身の生命の外に法があると思ったならば、妙法ではなくなってしまい、一生成仏はかなわないと戒められています。

したがって、経文を読み、華を供え、香をたくことまでも、すべて我が一念に納める功徳善根であると、信心を起こしていくべきであると述べられています。

続いて、浄土と穢土といっても、二つの別々の国土があるわけではなく、そこに住む私たちの心の善悪によって違いが現れると仰せです。それと同じく、仏と衆生といっても、別々の存在ではなく、覚っているか、迷っているかという生命の違いにすぎないと教えられています。

そして、迷いの生命を、曇っていてものを映さない闇鏡、覚りの生命を、よく映る明鏡に譬えられています。闇鏡も磨いていけば明鏡となるように、深く信心を起こして日夜朝暮に怠ることなく唱題に励んでいくことによって、智慧が光る仏の境涯をあらわしていくことができると示されます。

次に、妙法蓮華経と衆生の心の関係を、『妙』『法』『蓮華』『経』に分けて明かされていきます。そして、自身の生命が妙法の当体であることを深く信じて題目を唱えていくところに、一生成仏が成就すると述べられます。

最後に、不信を抱かず、一生成仏の信心に励むよう重ねて激励されて、本抄を結ばれています。