-仏法は永遠の幸福開く哲学-
◇伝統の教学部任用試験を目指し、仏法の生命哲学を学ばれている皆様こそ、偉大な求道の哲学者である。多くの会友の方も受験されると伺い、うれしい。共に研鑽し、応援してくださる先輩方も、本当にありがとうございます。
日蓮大聖人は門下へのお手紙に『法華経を耳に触れるならば、これを種として必ず仏になるのです』〈御書 552p 通解〉と仰せになられた。たとえ一文一句でも心に刻めば、いかなる乱世にも揺るがない智慧と慈悲と勇気の光源となる。
妙法の功徳には『開』『具足円満』『蘇生』の三義がある。
妙法は、あらゆる法と功徳を具(そな)えた根源的にして円満な法であり、全てのものの本来の価値を開く力用がある。ゆえに、どんなに行き詰まった境遇の人をも蘇生させ、成仏させることができるのだ。
私自身、戸田先生のもとで御書を学んだことは、最高の青春の誉れだ。試練に挑む中で、御書の一節一節が常に新鮮な感動をもって胸に迫ってくる。それを深く実感する日々であった。
大聖人は『一生をむなしく過ごして、万年の間、悔いてはならない』〈970p 通解〉と教えられた。だからこそ最も大事なのは生老病死を乗り越える、永遠の幸福の道を探究することだ。
苦悩の民衆を救わんと、命に及ぶ大難の連続を忍ばれた大聖人のご生涯を思えば、自分自身の苦難を乗り越える勇気が湧いてくる。
恩師は語られた。『大聖人の大慈大悲を世界に宣揚しなければならない。大聖人ほどの仏様は断じて他にはおられないからだ』と。
悩みがあるから幸福になれる。煩悩即菩提・生死即涅槃である。焦らず悠然と進むのだ。
学会は、宿命を使命に変え、万人が健康で幸福に、そして共に平和に生きる智慧を学ぶ大学校なのである。