池田名誉会長講義 世界を照らす『太陽の仏法』-第6回 聖人御難事〈上〉抜粋 1- | SHInのブログ

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-民衆仏法 『人間の宗教』の時代の開幕-

【はじめに】
◇世界広布新時代とは、各国・各地域において、妙法流布の使命に目覚めた人材が、陸続と誕生し、善の連帯が世界規模で広がり、日蓮大聖人の民衆仏法の真髄が、いよいよ展開されていくことにほかなりません。

この民衆仏法の新時代の開幕に際し『聖人御難事』を2回にわたって拝しておきたい。本抄は、不借の弟子たちの戦いによって、民衆仏法が確立されたことを示された凱歌の一書と拝されるからです。

【御文】
◇去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷・今は郡なり、天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり、此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年・弘安二年太歳己卯なり、仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。法華経に云わく『而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや』云云〈新編 日蓮大聖人御書全集1189p1~6行目〉

【現代語訳】
◇去る建長5年4月28日、安房国(千葉県)長狭郡のうち東条郷、今は郡となっているが、そこは天照太神の所領、すなわち、右大将・源頼朝が開いた日本第二の所領がある。今では日本第一である。

この東条郡にある清澄寺の諸仏坊の持仏堂の南側で、正午の時に、この法門(南無妙法蓮華経)を説き始めて以来、今までに27年、弘安2年である。

釈尊は(弘教を始めて)40年余り、天台大師は30年余り、伝教大師は20年余りに、出世の本懐を遂げられた。それまでの間、それぞれに起こった大難は、言い尽くせないほどであり、今まで、しばしば述べてきたとおりである。

私は、27年である。その間に起こった大難は、それぞれが既にご存じである。

法華経には『しかもこの経は、如来(釈尊)がいらっしゃる時ですら反発・敵対する者が多い。ましてや如来の滅後は、なおさらである』〈法師品第10〉とある。

【講義】
◇真の弟子を育成された身延期

本抄の冒頭で『建長五年四月二十八日』に『此の法門申しはじめて』と仰せのように建長5年(1253年)4月28日大聖人は32歳の時、末法の全民衆を救う根本の法である南無妙法蓮華経を説き示し立宗宣言されました。