新・人間革命 (5538) 大道 四十七 | SHInのブログ

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第三代会長となった山本伸一は、戸田城聖と仙台の青葉城址に立った日から七年後の1961年(昭和36年)11月21日、再び、この地を訪問し、一首を詠んだ。

『人材の 城を築けと 決意ます 恩師の去りし 青葉に立つれば』

この時、東北の同志は、人材城建設の誓いを新たにしたのである。

また、伸一は、東北の青森の同志に、青森の『青』とは『青年』を意味し、『森』とは『人材の森』を意味すると訴えてきた。

人材とは、いかなる人物をいうのか。

社会的に立派な地位や肩書、技能、財力などがあれば人材かというと、決して、そうではない。

どんなに高い地位や優れた能力等があっても、それが、他人を見下したり、利己的な欲望を満たしたりするためのものであれば、人びとの幸福のために寄与する力とはならないからだ。

人材とは、どこまでも広宣流布の誓願に生き抜く、信心の人である。広宣流布に生きるとは、自他共の幸福のため、社会の繁栄と平和のために生きるということである。この人生の根本目的が確立されることによって、自身のもっている知識も、才能も生かされ、大きく開花していくのである。

人間の一切の力、可能性を引き出していくカギは、ひとえに信心にある。『信心』の二字には、すべてが納(おさ)まっているのだ。ゆえに、人材の根本要件は、一言すれば、強盛な信心に立つことに尽きるのである。

伸一は、東北の全同志が、広宣流布の大誓願に生き抜いてほしいとの思いを託して、『東北の歌』の制作に取り組んで謂った。

時刻は、既に正午を回っていた。

彼は、とりあえず、東北女子部の勤行会を担当する女子部の幹部に伝言を託した。

『皆さんに、次のように伝えてください。私は今、『東北の歌』を作っています。最初に女子部の皆さんに聴いていただくために、会合が終了するまでに完成させます』


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